‘シャノンちゃん’と伊藤沙音
作者:m
TO LOVE・・・
それは、今超ブレイク中の
アイドルグループ。
そのリーダーであり
センターである
私・・・伊藤沙音・・・は
担当カラーはピンクの
妹キャラである。
・* ニコラ学園、2年A組 *・
「伊藤沙音です。
よろしくお願いします」
「伊藤は東京から
転校してきた、
みんな仲良くしいやー」
新しい担任の声も、
クラス中のどよめきで
かき消される。
「な、なあもしかして
TO LOVEの・・・・・・」
「えっうそお、でもどう見ても
シャノンちゃんやし・・・・・・」
「本物?
でもこんな大阪の田舎にくるか?」
「静かにしーや!
・・・・・・そや、
みんなの思うてるとおり
本物のシャノンちゃんや」
なぜかうれしそうな担任の発言に、
静まるどころか
ますますどよめきは
大きくなっていった───。
・*。・ 休み時間 ・。*・
「シャノンちゃん?
───ほっ本物やー!」
いかにも元気そうで、
人なっっこそうな少女が
目をキラキラさせて
私の席に来た。
「本物です(笑)」
少し苦笑して答えると
少女はハッと口に手をあてた。
「うち、TO LOVEのファンで!
特にシャノンちゃん推しで・・・!」
「本当ー? ありがと」
アイドル業で鍛えた
営業スマイルで対応する。
「あっうち
有坂心花っていいます!
よろしくお願いしますー!」
「よろしく!」
笑顔をはりつけたまま、思う。
(あーこれは・・・
シャノンちゃんのキャラを
通さないといけないかもな・・・)
心の内で、そっと
ため息をついた。
・*。・ 帰り道 ・。*・
「シャノンちゃん、
好きなものは・・・」
「そんなん苺とリボンに
決まってるやん!
シャノンちゃんファンなら
常識やし!」
「まあそうやけど・・・」
心花につっこまれ、
少し困ったように
頭をポリポリとかいたのは
松尾そのまちゃん。
心花の幼なじみらしい。
「じゃあ服のテイストとか・・・」
「だーかーらあ!
そんなんガーリーしか
ありえヘんやろ!
ごめんなシャノンちゃん。
そのま、うざいよな」
「ムッ。
心花こそうるさいわ」
「なんやて!
うちはなあ・・・」
一瞬のうちに、
にらみ合いになった2人に
あわてて口を開く。
「私はぜんぜん
気にしてないから。
大丈夫だよ」
すると、心花とそのまは
コロリと表情を入れ替えた。
そしてそのまが、
「あっそうや。
シャノンちゃん、
うちの家近くやし
寄っていけヘん?
うち古着屋やってんねん」
(───古着!)
「だからシャノンちゃんが
古着とかー」
「行く!! 行きたい!」
「ほんまに!?
よっしゃ。親に言って
特別に無料にしてもらうわ!」
驚いたように目を見張る心花に、
そのまはフフン、と
自慢気に笑う。
そして私は
(やっやっちゃった・・・!)
心の中で盛大に
頭をかかえていた───。
好きな色はピンク。
苺とリボンが大好きで、
王道ガーリーの一直線の甘えん坊。
TO LOVE結成時に
決めたキャラ。
でも、あくまでこれは
‘シャノンちゃん’の設定だ。
好きな色はシルバー。
日なたぼっこと昼寝が好きで、
古着愛好歴7年のまじめ。
これが、伊藤沙音だ。
でも、あまりに
シャノンちゃんと違いすぎる。
だから、少ししんどいけれど、
みんなのイメージを
壊さないために
本当の自分を隠そうと
思っていたのだが・・・
(めっちゃ買っちゃった・・・)
・*。・ 自宅にて ・。*・
机に置いた、いくつもの紙袋に
今さらながら青ざめる。
(古着とか、シャノンちゃんの
キャラじゃないし・・・
絶ッッ対、幻滅された・・・)
落ちこむだけ落ちこんだ私は、
バッとスマホを手に取る。
(こんなときは
推しを見るしかー!)
ジャジャーン!
パンク界では一目置かれている
中学生アーティスト・リョースケの
ミュージックビデオを最大音量で見る。
(・・・そういや
リョースケ大阪出身だっけ)
そんなことをふと考えながら、
時間はすぎていった──────。
・*。・ 翌日 ・。*・
「おはよー!」
心花もそのまも
昨日とまったく変わらない
態度だった。
私はいささかホッとして
息をつき、返事する。
「おはよ!」
学校への道のりで、
何気なく心花がこぼした。
「いやーシャノンちゃん入れて
有名人2人もいるー。
うちの学校すごくない?」
ほこらしげに
胸を張る心花に
私は首をかしげる。
「誰か有名人いるの?」
「いや、有名というか・・・」
そのまが口をはさんだ。
「パンク界でちょっと
一目置かれてるだけやから
あんまメジャーではないねん」
(パンク界!?)
少しギクリとした
私に気がつかず、
そのまは続ける。
「知らんやろけど、
リョースケってゆー
アーティスト名で・・・・・・」
「リョッ、リョースケッ!?」
驚いたあまり大声を上げた私に
心花は目をパチクリとさせる。
「知ってんの?」
(ヤバ!)
「いや、知り合いがファンで・・・・・・」
あわてて言い繕う私に、
心花はうれしそうに
顔を輝かせた。
「そーなんや!
リョーもちょっとは
メジャーになってきてんねんなぁ」
「てか、リョースケくんって
何年生?」
「同じ2年A組やねん。
昨日は休んでたけど」
(・・・まさかあのリョースケが
同クラとか───
最高すぎなんだけど!!)
「あ、来た来た本人」
あっという間に学校につき、
靴箱でスリッパに
はき変えていた私達は
そろって後ろを見る。
「リョースケ久しぶりー」
「おー心花とそのまやん。
・・・て、もしかしてその子
TO LOVEの・・・?」
「伊藤沙音です。
昨日引っ越してきたの」
「すげっマジで!?
やば、俺髪セットしてへん」
寝ぐせのついた頭をさすった彼に
思わず笑みがこぼれる。
「あ、俺、八神遼介っていいます。
一応パンク界でちょっと
名前通ってんねんけど
リョースケで。
・・・知らんやろけど」
フッと笑った遼介に、
なぜか心臓が
トクンッと跳ね上がる。
「知ってるらしいねんそれが。
なんか知り合いが
あんたのファンらしいで」
「おっマジ!?
うれし・・・・サインいる?」
「いります!」
反射的に即答すると
「ハハハ、ええ返事。
・・・ほれ」
胸ポケットから
ボールペンを取り出し、
メモをピッとちぎると
そこにスラスラとサインを
書いてくれた。
「ありがとうございますー!!」
(うれしすぎる・・!)
「知り合いの子に渡したってな。
絶対うれし涙流すから」
ニコニコしながら
リョースケが言った言葉に、
ハッと興奮が冷める。
(そうだ・・・
これは私にじゃなくて
知り合いのために
書いてくれたんだ)
くったいなく笑う彼に、
うそをついていると思うと
少し罪悪感を感じる。
「あっそーや!
沙音ちゃん、
お願いがあんねんけど」
「はい」
「ニコ学ではな、毎年5月に
学年で一芸発表会あんねんけど
俺こいつらとバンドすんねん。
で、ボーカル探してて」
「うちがべースで
そのまが衣装兼照明係やんねん」
「どや、ボーカル
ひき受けてくれへん?」
心花と遼介が
バーッとまくしたてる。
私はつい、
その場の勢いに押され、
うなずいた。
「うん」
そうして、本番に向けて
私達の練習は始まった。
「シャノンちゃん、歌うまー!
TO LOVEの曲のままなんやけど!」
「やっぱ衣装
ガーリーがええんかなあ。
でもリョースケのイメージに
合わんし・・・」
順調に、練習のたびに
みんなと息が合っていくのを
感じながら過ぎていく日々。
そんな中。
本番まで残り1週間を
切ったときだった。
────私は、遼介に呼び出された。
・*。・ ひとけのない廊下 ・。*・
「いきなりやけど・・・
俺らのバンド、どう思う?」
突然遼介にそう質問され、
少しうろたえる。
「どうって、最近良い感じに
まとまってきたなって・・・」
「ほんまに?」
(えっ?)
「正直言うと俺は思われヘん。
───伊藤の声が伊藤じゃない」
何を彼が言いたいのか
分からなくて、
私は少しうろたえる。
「なんちゅーか・・・んー
俺らはアイドルの伊藤を
求めてヘんとゆうか・・・」
なんて言えば良いのか、
自分をさぐるように
彼は言葉を紡ぐ。
「俺がボーカルにさそったのは
‘シャノンちゃん’やなくて、
伊藤沙音やねん」
(あっーー)
私はヒュッと息を飲む。
「俺のサインあげたときさ、
伊藤めっちゃうれしそうやったやん。
アイドルやからとゆーより、
俺はそっちの伊藤を見て
誘おうと思ってん」
言われて思い返すと
確かに知らず知らす
アイドルモードで
歌っていたかもしれない。
そして、気がつく。
私は、いつの間にか
自分を押し殺し、
設定して作ったキャラに
とらわれてしまっていたことに。
(今ここにいるのは・・・・・・・
リョースケ達とバンドを
組むのも伊藤沙音なんだ)
「ありがとー
リョースケのおかげで
大切なことに気づけた」
「おう。
伝わったんやったら良かった」
ホッとしたように笑った遼介が、
なぜかとてもまぶしく見えた────。
・*。・ 放課後の練習 ・。*・
「シャノン、その服は・・・」
私は、いつもの練習場に
私服の古着で行った。
「───私、本当は古着が好きで・・・」
「めっちゃ似合ってるやん!
ビジュかわいい系やから
ギャップ萌えでめっちゃええ!」
(・・・なんだ)
心花の言葉に私は肩の力が抜け、
自然とほおがゆるんでいくのを感じた。
「ありがと!
────そのまにも相談なんだけど
衣装もこっち系がよくって・・・」
(幻滅されるかもとか・・・
心花達がする訳なかったんだ)
「よっしゃ
ほな1回通すで!」
遼介がドラムをたたきながら、
私に目くばせをする。
だから私は
深く息を吸い、私自身の声で答えた。
*...・・・*...・・・*
そしてむかえた本番は
大成功だった。
最初はシャノンちゃんと
あまりに違う雰囲気の私に
驚いている生徒がたくさんいたが、
最後には、割れんばかりの拍手に
体育館中が包まれた。
「遼介!」
「ん?」
まだ興奮の冷めない中、
私は遼介に声をかけ
引きとめた。
「打ち上げでもしよーや」
「賛成!」
心花とそのまは、そんなことを
話しながら先を歩いている。
「あのさ・・・
初めて会ったときに
言ったファンは実は私なの」
「おっ、そーやったん!
うれし」
少しおどけたように言った
遼介の顔をジッと見つめる。
バクバクと、心臓が
うるさいのを感じながら
口を開く。
「・・・でも今は
ファンとしてじゃなくて・・・
一人の女の子として
リョースケが好き。
───付き合って下さい!」
(い、言った・・!)
恥ずかしさのあまり
目をギュッと閉じる。
「俺もや」
「・・・・・・・!!」
バッと顔を上げる。
「俺で良ければ・・・
付き合って下さい!」
TO LOVE・・・・・・・
それは今、超ブレイク中の
アイドルグループ。
そのリーダーであり、
センターである私は
担当カラーはピンクの
妹キャラである。
でも、今は違う。
アイドルでも有名人でもない、
ただの中学生の女の子。
「はい・・・・!!」
私は伊藤沙音である!
*end*
伊藤 沙音
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