思い出は君と、そして君と
作者:M
私、伊藤沙音には
中1から付き合っている彼氏がいる。
彼の名は八神遼介、
学年でも人気のモテ男な彼に対し、
私は陰キャでもないが
目立つわけでもない
普通の中学3年生である。
ファンの子達の目が
気になるのもあって、
みんなには公表していない、
いわば非公認カップルだ。
― ニコラ学園、3年A組 ─
「・・・八神くんのことが、
好き?」
私・・・伊藤沙音がくり返すと、
親友の上妻美咲は
顔を真っ赤にしてうなずく。
「うん、・・・実は前から
ずっと気になってたの」
「・・・そうなんだ!」
驚きうなずく。
私は冷や汁が伝るのを感じながら、
モゴモゴと口を開こうとしたが、
「恥ずかしくて
今まで言えなかったの。
その・・・私、もう3年だし、
今月の修学旅行で告白したくて・・・」
何かを期待するように
私を見つめた美咲に
喉に引っかかった言葉を
飲み込んでしまった。
(ごめん・・・
私、八神くんと付き合ってるの)
「・・・応援するね!」
笑顔を浮かべ、私は親友に
そう言ってしまったのだった・・・
― 休み時間 ―
「好きになったきっかけは、
授業中によく目が合うように
なったことなの」
美咲が、はにかみながら言った言葉に
思わずぽかんとする。
(授業中に目が、よく会う?)
少し考えてハッとする。
(それ、八神くんが
私を見てる時のことじゃ)
私の席の斜め前の美咲が、
私へと目を向けている八神くんを
自分を見ていると勘違い
しているのかもしれない。
チャイムが鳴り
会話は中断された。
修学族行1週間前になった。
まだ、八神くんと
付き合っていることは
言い出せていない。
今、私は美咲の家で
美咲の修学旅行のコーデ選びに
付き合っていた。
「どのコーデが
八神くん好みなんだろ」
厳選したコーデを床に並べ、
美咲はムムッとうなった。
(八神くんが好きなのは
カジュアルめのガーリーだよ)
知っているけど、
なんとなく言いたくなくて口ごもる。
「これとかいいんじゃない?」
美咲が指さしたのは
リボンがたくさんついた
甘めのガーリーコーデ。
「たしかに」
(違う。それじゃなくて
その隣のやつの方が
八神くん好みだよ)
口とは正反対のことを
心の中で言いながら
同調してしまう。
「だよね!
じゃあ、これで決まり~」
うれしそうに言った美咲に
心が少し痛み、
思わず目を逸らした。
こうして日々は過ぎていく。
気がつけば、修学旅行は
2日後になっていた。
― 放課後 ―
「遼介。
・・・・美咲のことどう思う?」
2人でカフェに入っていた私たちは、
ドリンク片手に
ふと八神くんに問うた。
「どうって・・・
沙音の友達だよな」
「うん。・・・美咲、
八神くんのこと好きみたいなの」
私の言葉に、八神くんは
あまり動じず苦笑した。
「なんかそんな気してた。
ちょっと前から視線感じてたし」
「あのさ・・・」
私はぽつりぽつりと
最近のことを話した。
まだ美咲に八神くんに
付き合っていると
打ち明けられていないということを。
「じゃあ、俺ら付き合ってるの
公開する?」
「え?」
あっけからんと言った
八神くんに驚く。
「公開するのはいいけど・・・
付き合ってるのを知ってしまったら
美咲を傷つけちゃうし・・」
「でもさ、上妻さんは修学旅行で
俺に告白するつもりなんだったら
遅かれ早かれ傷つくことになるだろ」
「それは・・・」
「だから、変に期待持たせたままに
するよりいいと思うし、
上妻さんも沙音だから
俺のこと好きって
打ち明けたわけじゃん。
沙音も親友ならきちんと
話した方がいいと思う」
(親友だから・・・)
私はその言葉を噛みしめ
うなずいた。
「そうだね。
ちゃんと話してみるよ」
「おう。がんばれ」
― クラスの女子 ―
「えっあそこにいるの
八神くんじゃない?」
「本当だ、ラッキー・・・
って、一緒にいる女子誰」
「たしかA組の子だよ。
・・・伊藤沙音だっけ?」
「あの2人
まさか付き合ってるの?」
「嘘」
「マジっ!?」
「大スクープじゃん。
写真撮っとこ」
― 翌日、3年A組 ―
朝、登校すると、
「ほら、あの子が・・・」
「ショックすぎる・・・」
なんだかざわざわと
見られている気がして
私は少し足早に教室に向かった。
「おはよ!」
教室の扉を開き、
私が美咲に手を振ると
美咲は少し何かを疑るように
私を見た。
「・・・おはよ。
・・・あのさ、昨日こんな写真
クラスの女子から
流れてきたんだけど・・・・」
そこには、昨日行ったカフェで
談笑する私と八神くんが写っていた。
(!?)
「これ・・・どういう、こと?
噂では付き合ってるって
言われていて・・・・
そんなことないよね」
美咲が私を見つめる。
私は思わずごくりと
唾を飲んだ。
「・・・ごめん。
実は中1の時から
付き合っていたの」
「・・・・・・っ!!」
驚愕とショックで
固まった美咲に
私はそれでも言葉を紡いだ。
「ずっと言えなくて・・・ごめん」
予想外にすぐに伝えることになったが、
私は昨日の八神くんの
アドバイスを胸に、
本当のことを告げた。
「・・・信じらんない」
しかし美咲は
ぎゅっと唇を噛み締め、
涙が浮かんだ瞳で
裏切られたように私を見て
小さく首を振る。
そしてばっと私に背を向け
自分の席の方へと去っていった。
― 休み時間 ―
「ねぇ八神くんと伊藤さんが
付き合ってるって本当?」
美咲にあの後から
避けられていることに
落ち込んでいる私の席に
やってきたのは
有坂心花ちゃん。
彼女が所属している
クラスで1番大きいグループの子達、
特にそのリーダー的存在である
川原美杏ちゃんに
真偽を聞き出すことを頼まれた・・・
もとい、
押し付けられたらしい。
「うん。本当」
私が、後ろからにらみながら
何やらコソコソと話している
美杏ちゃん達を気にしながら答えると、
心花ちゃんは
少し迷ったように
口を開く。
「あのさ、美杏ずっと
八神くんに片想いしてたから・・・
何かちょっかいかけられるかもしれない」
囁くように忠告され、
私は少し驚く。
「片思いしてたのは
かもとは思っていたけど・・・
私に言っちゃっていいの?」
「うん。私、正直
あのグループが息苦しくて。
もうちょっとで抜ける予定だから」
「そっか」
朗らかに言う心花ちゃんに
少しぽかんとする。
どちらかと言うと今までは
気の強い美杏ちゃんの
言いなりだったイメージだったのと
だいぶ違うかったからだ。
私のそんな動揺に気づいたのか、
心花ちゃんは少し苦笑した。
そして、私を見つめて
口を開く。
「だから・・・
もしよかったら
友達になってくれない?」
「それは、もちろん」
こうして親友との関係が
不安定な中、
新しい友達ができた。
― 翌日、修学旅行1日目 ―
今日の目的地は、遊園地だ。
みんながざわざわと
楽しそうなのに対し、
私は気まずさ真っ只中にいた。
夕方までの自由行動では
あらかじめ決めていた班で回る。
そして、私はもう数ヶ月も前に
美咲との2人班で決まっていた。
従って、2人隣り合って
歩いているわけだが。
「・・・・・・・」
朝から美咲は
私と口を聞いてくれなかった。
まだ、八神くんと
付き合っていることを
隠していたのを
怒っているのだろうか。
「あのさ・・・」
私が恐る恐る
口を開きかけた時だった。
「ねぇ一緒に行こ!」
後ろから美杏ちゃん達が
いきなり現れ、
美咲の手を引いた。
「ちょっ」
「伊藤さんは彼氏とでも
回ったらいいんじゃない?」
私が美咲を引き止めようとした途端、
美杏ちゃんにギロリとにらまれ、
思わず言葉を止めてしまった。
「じゃあ、私とまわろ!」
しんと静まった中、
心花ちゃんが声を上げた。
「はっ!?
何言って・・・」
「行こ行こ」
美杏ちゃんをおしのけ、
私の手を引き
心花ちゃんはずんずんと
力強く歩いて行った。
「ごめん。助かった」
「ううん、これくらい。
それよりホテルで部屋同じとこ
使わせてくれない?
たぶんもう美杏のグループからは
ハブられるだろし」
「本当ごめん。むしろ私こそ
今、美咲と気まずい感じだから
一緒にいてくれた方がうれしい」
(・・・美咲)
私はそっと
ため息をついた。
― 宿泊ホテル ―
いまだ美咲とは
ギクシャクしたままだ。
ホテルでも私と美咲は
同じ部屋で決められていたから、
せめてもの幸いは、心花ちゃんも
いてくれていることだった。
「美咲。
・・・八神くんのこと、
ほんとにごめん。
親友なのに・・・
美咲の気持ち知ってるのに
黙ってて・・・」
「・・・私、今でも
八神くんのことが好き」
私が頭を下げると、
美咲は今日初めて口を開いた。
私は息を詰め、
次の言葉を待つ。
「沙音が・・・
彼女がいるって知っても
あきらめきれなかった」
ぽつりぽつりと
自分に聞かせるように
つぶやく美咲を見つめる。
「じゃあ告白しかないね」
ひょっこりと顔を出した
心花ちゃんが口を挟んだ。
「これは私の体験談だけど、
1回告白して
自分の気持ちを吐き出した方が
意外とスッキリとするもんだよ」
「告、白・・・」
美咲はそっとつぶやいた。
― 美咲 ―
時は6時間前、遊園地にて。
私、上妻美咲は
心花ちゃんに手を引かれて
去っていく沙音の背中を
見つめていると、
「ごめん、ちょっと
強引だったかも」
美杏ちゃんが口を開いた。
強気の美杏ちゃんの
イメージからかけ離れた
その発言に少し驚く。
「うちさ、小学生の頃から
ずっと八神くんのことが
好きだったの。
・・・だから、上妻さんの気持ち、
すごくわかる。
親友とは言え・・・
彼女だった子と一緒にいるのは
うちなら辛いなって思って、
つい声をかけちゃったんだけど」
ただ沙音のへの嫌がらせだと
思っていた私は、さらに驚く。
取り巻きの子達も
どうやら八神くんのことが
好きだった子達が
集まっているみたいで、
話ははずんだ。
(・・・美杏ちゃんって
きつい子って思ってたけど、
意外と違うのかも)
心花ちゃんから、
告白を勧められた時、
その時を思い出した。
「告、白・・・」
思わず呟き、思い出す。
それはまだ八神くんと
沙音が付き合っているとは
知らぬ時。
私はこの修学旅行で
告白すると勇んでいたのだ。
色々とあって、
いつしか忘れていたそのことに、
ハッとする。
「いいかも、しれない」
だって。
もう少しで卒業で。
最後の1年なんだから。
(このまま、あきらめたら。
きっと)
後悔をしてしまうだろう。
私はパッと顔を上げた。
― 翌日、修学旅行2日目、水族館 ―
「昨日は、ごめんね」
私、伊藤沙音に頭を下げた
美杏ちゃんが意外で、
私はあわてて気にしないでと
手を振った。
「・・・告白、頑張って」
「「うん」」
頷いたのは美咲と、
美杏ちゃん。
そう、なんと美杏ちゃんも
八神くんに告白すると
言い出したのである。
私はファイト! と両拳を握り、
八神くんの元へ向かう2人の背を
見つめた。
結論から言うと、
2人とも見事に玉砕した。
でも、なんだかスッキリとした
表情をしていて、
私は少しほっとして息をつく。
「ぐちなら私にドンと任せて!」
心花ちゃんが声をかける。
私も2人に駆け寄る。
これからも、私たちは
思い出を積み重ねていく。
彼氏と、そして友達と!
*end*
伊藤 沙音
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