踊ろう、君も

CAST有坂 心花有坂 心花

作者:MIKI

新二コラ学園恋物語新二コラ学園恋物語2023.06.12

私、有坂コハナが通う
ニコラ学園に
ある晴れた日、
転入生がやって来た。





「久野ナツです。
よろしく」





私の隣の席になった彼は
イケメンで、
あっという間に人気者になった。





正直、私とは
お隣りさんといえど
あまり関わりのない
関係だったが





それは、激変する。





「なぁ、有坂さん」





突然話しかけられたのは
火曜日、
彼が転入してきて
1ヶ月ほどのときだった。





「何?」





「有坂さんさ、
ダンス上手なんだよな。
──たしか全国大会出場まで
いってたんだろ?」





「まあね」





少し照れて頭をさする。





「お願いあんだけどさ。
──ダンス、
教えてくれない?」





「えっ?」





急展開に驚きながらも、
“授業料払うから”の一声で
私はうなずいた。





こうして引き受けた
おこづかい稼ぎ程度の
ダンスレッスンだったが、
さっそく放課後に始めた。





知り合いの人の練習場を
使わせてもらっている私たちは
今、練習曲を選んでいる。





「何か希望とかある?」





「いや、一曲、
俺が踊りきれるようになれるなら
なんでもイイ」





「フーン」





私がてきとうにNCRという
男子グループアイドルの
ヒット曲をセレクトすると、
いよいよ練習は始まった。





「ここのステップは
こういう感じで──」





見本を見せると
彼はうなずき、
やってみせたが、
ひどくキレが悪かった。





(・・・ま、初心者だし
こんなものか)





「えっと、じゃあ次いくね、
ここはさっきのステップで──
って、大丈夫!?」





実演しながら
説明している中、
何気なくナツを見て
ギョッとする。





彼の顔が青かった。
真っ青。





手は小刻みに震え、
額からの汗が
とめどなく流れていた。





「だい丈夫・・・」





あわてたように
手を振ったナツだったが、
私はすぐさま一度、
休けいを取った。





(どうしたんだろ──)





さっきの様子が
少し普通じゃないような
気がしてしまう。





少し、しぶりながらも
水分を口にふくんでいたナツは
私へと顔を向けた。





「あのさ、
──決めてもらったばっかで
悪いんだけど──
曲、変えてほしくって」





少し言いにくそうに
口を動かした彼の顔には、
もう赤みが戻っていたし、
震えもおさまっていた。





(なんだ)





少しホッとして
私は、立ち上がる。





「ゴメン。
ちょっと難しかった?
希望あれば聞くけど」





「NCR以外なら・・・なんでも」





「──OK」





(NCR以外?)





少し胸の内で
ひっかかってしまい
首をかしげながらも
曲を選び直し、
レッスンを再開した。





「ここは、うでがポイントで・・・
そう! そういう感じ!!」





すると、さっきと
打って変わったように
順調にレッスンが進んでいく。





ところが、うれしくなった
私とは対照的に、
彼の表情は、少しずつ
沈んでいく。





ついには、能面のように
顔を動かさなくなった。





(──どうしたんだろ)





こんな感じで
日々は過ぎていき、
気がつけば
何ヶ月もたっていた。





「コハナー!
聴いてあのね、エイト君、
昨日返してくれて・・・
神すぎんッ!?」





そんなある日。
私の席まで
駆けよってきた彼女は、
友達のミオコ。





アイドルオタクの彼女が、
最近推している
男子アイドルグループ、
NCRのセンターであり
リーダーのエイト君について
語りにきたようだ。





その時。





「ガッシャーン!」





隣から盛大な音がして
思わずふり向く。





ナツが、落としたらしい
缶ペンケースと
散らばったペンを
あわてたように拾っていた。





「――それでね、エイト君が・・・」





ミオコのトークが再開しても、
私はほとんど上の空でいた。





──一瞬見えたナツの顔が、
いつかの練習のときのように
真っ青だったったからだ。





(大丈夫かな──)





つい、そのことに
没頭してしまった私は、
いつの間にかミオコの
推しトークが
終わっていることにも
気がつかなかった。





──そして、ナツを見つめる
ミオコの瞳にも。













*・.*・.*・.*・.*・.*





外が街灯の明かりに
照らされている時間になっても、
私・・・ミオコの部屋は
光々と電気がついていた。





オタクしか知らない
このサイトには、
様々なアイドルの情報がある。





私は、その沢山の中の写真に
目を止めた。





(──やっぱり・・・!
彼は元NCRの・・・)





そんなある日曜日。





私は暇つぶしがてら
散歩していた。





(あ、ナツ)





店の窓に
何か貼られているのだろうか。





彼はジッと見動きせず
見入っていた。





何だか気になり、
私は近づいた。





私が真後ろに来ても、
ナツは気づかない。





そっとのぞくと、
それはポスターだった。





「NCRに続け!
次のスターは君だ!!
~少年アイドルグループ
デビューオーディション~」





少し驚いて息を飲む。





「──それ、受けるの?」





「えっ、ワッ」





私の声に、
ナツはビクッとし、
あわてたようにふり向く。





「いつの間に──」





小さく彼は息をもらすと、
少しうつむいた。





そして、ナツは
首を横に振る。





その様子が、何だか
何か思いつめているように見えて、
ついほっとけなくて口を開く。





「──何か飲まない?
おごるけど」





私は、自動販売機を
指さした。







それぞれジュース片手に
ベンチに座る。





「・・・」





しばらく静寂が
私達の間で広がっていたが、
ふいにナツが
ポツリとつぶやいた。





「ダンスレッスン、──もういいや」





「──え?」





予想もしていなかった言葉に、
私はナツの顔を見つめる。





彼はうつむいていたが、
やがて乾いた笑みを浮かべ、
顔を上げた。





「そうだ。俺には
才能がなかったんだ」





「・・・どういう、こと──?」





話についていけず、
私は面くらう。





そんな私に、
ナツは視線だけ向けた。





(・・・!!)





それだけで、私は
何も言えなくなる。





「──そういうことだから。
今まで教えてくれてありがとな」





「まっ──・・・」





私の声になど
耳もかたむけず立ち上がり
去っていくナツに、
言葉を飲んだ。





(──・・・)





「何、それ──」





空いた隣のスペースに、
虚しく響いた。





「意味分かんないし・・・!」













*・.*・.*・.*・.*・.*





翌日の学校では、
ナツが隣にいるのが
何だか気まずくて、
休み時間になると廊下に出た。





昨日のことが
胸につっかかっていた。





確か表情は不自然だったが、
ダンス自体は順調だった。





──はずなのに。





『俺には才能がなかったんだ』





理由もよく分からないのに、
いきなりやめよう、なんて。





(・・・私の教え方が
悪かったのだろうか)





何度も何度も
そんなことを思ってしまい、
気づけば大きなため息をついていた。





「コハナ。話そ!」





私の肩をたたいたのは
ミオコだった。





「悩みあるなら、相談のるよ」





「ミオコ・・・」





友達の心づかいを
ありがたいと思った。





胸が熱くなり、
私は口を開いていた。













*・.*・.*・.*・.*・.*





「フーン・・・」





私がミオコに
全てを話し終えると、
彼女は頬に手を当て、
うなった。





少しためらうような
沈黙の後、
私に手まねきした。





「ちょっと来て」





ミオコに連れられ、
人気(ひとけ)のない階段に座る。





「ナツ君にとって、
あまり知ってほしくない
事っぽいから
黙ってたんだけど──」





ミオコは、
ひそめた声で言った。





「NCR、あるでしょ。
3年前──
まだ、まったく
人気も知名度もなかった頃、
NCRにもう一人メンバーがいたの。
その人は、メジャーデビューする1年前に
脱退した。
彼が・・・ナツ君なの」





(!)





「もしかして――
それが関係してるかもしれない」





おごそかに告げたミオコを
見つめながら、
私は動けなかった。





『──曲、今のNCRのやつから
変えてほしくって・・・』





はじめの曲の時の、
ナツの真っ青な青い青い顔。





小刻みに震え続ける彼の手。





ひたいに浮かんでいた汗。





そして、あのポスターを
一心に見つめていたナツ・・・。





何か、まだ分からないけど、
少しつながったような気がした。













・*。・ 放課後 ・。*・





私は、帰ろうしていたナツをつかまえ、
意を決して話しかけた。





「──昨日のことだけど。
私、なっとくしてないから」





「・・・んだよ。
もういいって言っただろ。
──そういや授業料まだだっけ。
とりあえず俺、今、
千円しかもってないから後で・・・」





「違う!!」





私は、さしだされた
お礼をはらいのけた。





何だか、無性に
腹が立っていた。





そんな私の剣幕に驚いたのか、
彼はパチクリとまばたきをする。





「なんでっ──なんでっ。
あんなに苦しそうでも
必死に踊ってたのに!
最近、少しずつできるように
なっていたのに!
なんであきらめるの!!」





「・・・楽しくないんだッ!!
──自分でも笑えるぐらいに、
もうダンスなんて楽しくないんだ!」





ナツが、唐突に叫んだ。





心の内をはきだすような
叫びだった。





私は、能面のように
顔が動かなくなったナツを
思い出す。





(・・・でも)





「──じゃあ。
じゃあ何で」





昨日、私に向けた
ナツの瞳から。





「何で、泣いてたの・・・!?」





ビクンッと
ナツの肩がゆれた。





うつむいた彼の表情は、
見えなかった。





「本当にそれでいいの?
本当は、あきらめたく
ないんじゃないの?
ダンスも・・・
NCRのことだって!!」





ヒュッと空気をすった
音がした。





ハハハハ・・・
という乾いた笑い声を
ナツがもらす。





「──んだよ。
──俺の、何を知ってんだよッ!!」





大きく大きく、
彼は、ほえた。





そして、ヨロヨロと
地面に座りこむ。





「俺だって──
あきらめたくなんかなかった!」













*・.*・.*・.*・.*・.*





──時は、3年前──





俺達NCRは、まったく
人気も知名度もなかった。





ボイストレーニングや
ダンスレッスンなど、
夢への努力はおしまなかったが、
それでも小さい劇場で
たまにライブをしても、
チケットが売れず
自腹を切ってなんとか、
という感じだった。





「ナツ、今日もダンス上手だな」





「エイトこそ、ビジュ最高じゃん」





メンバーではげまし、
支えながらの毎日だった。





そんなある日。





センターで、リーダーである
エイトの両親が離婚した。





その日から、
エイトのどこかが変わった。





変わってしまった。





「・・・お前、じゃま」





池につき落とされた。





2月だった。





冷たい冷たい滴が、
俺の頭をしたたり落ちた。





「むかつくんだよ」





むかっかれる理由なんて、
1つも思い浮かばなかった。





訳が分からなかった。





分からないけど─―
エイトのそれは、メンバーに、
まるで感染症のように
あっという間に広がった。





殴られ、笑われ、
死ねと言われ。





2年もたつと、NCRには、
もう居場所がなくなっていた。





そんな中、
朗報がまいこんできた。





前に受けていたオーディションの
一次審査が受かった、
ということだった。





このオーデは、
最終審査がテレビで
全国放送される。





チャンスとばかり、
俺達はくらいついた。





マネージャーによると、
2次審査で重点的に見られるのは、
ダンスということだった。





俺は、メンバーの中でも
ダンスが得意で、
かぜんやる気になった。





────なのに。







「2次審査の時の記憶が、
ないんだ」





俺は、ぼそっとつぶやいた。





「どういうこと?」





分からない、
俺は首を振る。





「気がついたら──
全部、終わっていた」





分からない、分からない・・・
分からないことが、
こんなにもある。







*...・・・*...・・・*





「今回は残念ながら
不合格で・・・」





マネージャーからの言葉を、
俺は心が冷えきっていくのを
感じながら、聞いていた。





俺以外のメンバーの瞳は、
俺だけを見ていた。





ついに、俺は
脱退の決意をした。





誰も、俺を
引きとめなんてしなかった。





ダンスなんて
2度とするもんかと誓った。





でも、あきらめきれなかった。





有坂さんが選曲したのは
NCRの最近のヒット曲だった。





俺の、いないNCRの。





「ここのステップは・・・」





急に重くなった体を
なんとか動かす。





NCRの曲が流れる。





一秒、一秒と
心が固まっていくのを感じる。





「――って、大丈夫!?」





いつしか、
俺の手は震えていた。





頭も真っ白になりかけていたし、
嫌な汗が止まらなかった。





(怖い怖い怖い怖い──)





踊ることが、怖かった。





こんなに体も心も
踊ることへの恐怖で
むしばまれているのに、





──それと同じぐらいの
悔しさがあった。





「だい丈夫・・・」





俺は、無理矢理笑ってみせたが、
結局休けいになってしまった。





(─―なんでできないんだよ、
俺──!)





曲をNCRじゃないものに
してもらった。





すると、楽になった。





普通ぐらいには
踊れるようになった。





そしてなぜか、
踊ることが楽しくなくなった。





日曜日、偶然見つけてしまった
ポスターを見ていると、
有坂さんに声をかけられた。





『──それ、受けるの?』





違う。
でも、本当は受けたいのかもしれない。





それとも、どっちでも
ないのかもしれない。





自分の気持ちなんて、
とっくに分からなくなっていた。





缶ジュースをながめていたら、
フッと思った。





(──なんで俺、
ダンスレッスンなんてしているのだろう)





NCRの曲は、踊れなかった。





NCRじゃない曲だと
楽しくなかった。





踊りたいと、思えなかった。





「・・・もういいや、
ダンスレッスン」

気づけば、俺の口から
こぼれていた。





そうだ。
やめてしまおう。





俺には才能が無かったと
思えばいい。





そうしたら、やめてしまったら、
そうしたら・・・────。





なのに。





「本当は、
あきらめたくないんじゃないの?
ダンスも・・・
NCRのことだって!!」





踊る怖さも、悔しさも、
自分への怒りも期待も。
全て捨てようとしていた俺に、
その声は、感情を取り戻させた。





「俺だって
あきらめたくなんかなかった!」











*...・・・*...・・・*





静かに涙を流すナツに、
私は胸がつまった。





彼の話は、
キツく私の胸をしめつけた。





でも。





まだ、彼に
伝えないといけないことがあった。





私は、大きく息を扱う。





「明日。いつもの場所で待ってる」





それでも。





それでもやっぱり
あきらめてほしくないと
思ってしまうのは、
私のわがままだろうか。





彼に、一曲踊りきれるように
なってほしいと思ってしまうのは、
わがままなのだろうか。





私のさし出した手を、
ナツはおそるおそる・・・
でも、しっかりとつかんだ。













*...・・・*...・・・*





あくる日、彼は来た。





どうやら、私に
今まで抱えこんでいた気持ちを
ぶちまけたのが良かったのか、
少しふっきれたみたいだった。





「俺、昨日考えたんだけどさ。
ほら、俺、ダンス以外の
取り柄ないじゃん?
まだあきらめるのは早いかもって」





少し照れながら
そう語ったナツに、
熱いものが胸に広がる。





「だから───よろしく、先生」





「もちろん!」





初めは、おこづかい稼ぎ程度のノリで
引き受けたダンスレッスン。





それが、今、こんなに
私にとって大切で
意味あるものになったのはきっと、





教える相手がナツだったから。





苦しい中でも、もがきながら
それでも踊ろうとした、
そんな彼だから。





「曲かけるよー!」





今日もまた。





いつものように
レッスンが始まる。







*end*

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