踊ろう、君も
作者:MIKI
私、有坂コハナが通う
ニコラ学園に
ある晴れた日、
転入生がやって来た。
「久野ナツです。
よろしく」
私の隣の席になった彼は
イケメンで、
あっという間に人気者になった。
正直、私とは
お隣りさんといえど
あまり関わりのない
関係だったが
それは、激変する。
「なぁ、有坂さん」
突然話しかけられたのは
火曜日、
彼が転入してきて
1ヶ月ほどのときだった。
「何?」
「有坂さんさ、
ダンス上手なんだよな。
──たしか全国大会出場まで
いってたんだろ?」
「まあね」
少し照れて頭をさする。
「お願いあんだけどさ。
──ダンス、
教えてくれない?」
「えっ?」
急展開に驚きながらも、
“授業料払うから”の一声で
私はうなずいた。
こうして引き受けた
おこづかい稼ぎ程度の
ダンスレッスンだったが、
さっそく放課後に始めた。
知り合いの人の練習場を
使わせてもらっている私たちは
今、練習曲を選んでいる。
「何か希望とかある?」
「いや、一曲、
俺が踊りきれるようになれるなら
なんでもイイ」
「フーン」
私がてきとうにNCRという
男子グループアイドルの
ヒット曲をセレクトすると、
いよいよ練習は始まった。
「ここのステップは
こういう感じで──」
見本を見せると
彼はうなずき、
やってみせたが、
ひどくキレが悪かった。
(・・・ま、初心者だし
こんなものか)
「えっと、じゃあ次いくね、
ここはさっきのステップで──
って、大丈夫!?」
実演しながら
説明している中、
何気なくナツを見て
ギョッとする。
彼の顔が青かった。
真っ青。
手は小刻みに震え、
額からの汗が
とめどなく流れていた。
「だい丈夫・・・」
あわてたように
手を振ったナツだったが、
私はすぐさま一度、
休けいを取った。
(どうしたんだろ──)
さっきの様子が
少し普通じゃないような
気がしてしまう。
少し、しぶりながらも
水分を口にふくんでいたナツは
私へと顔を向けた。
「あのさ、
──決めてもらったばっかで
悪いんだけど──
曲、変えてほしくって」
少し言いにくそうに
口を動かした彼の顔には、
もう赤みが戻っていたし、
震えもおさまっていた。
(なんだ)
少しホッとして
私は、立ち上がる。
「ゴメン。
ちょっと難しかった?
希望あれば聞くけど」
「NCR以外なら・・・なんでも」
「──OK」
(NCR以外?)
少し胸の内で
ひっかかってしまい
首をかしげながらも
曲を選び直し、
レッスンを再開した。
「ここは、うでがポイントで・・・
そう! そういう感じ!!」
すると、さっきと
打って変わったように
順調にレッスンが進んでいく。
ところが、うれしくなった
私とは対照的に、
彼の表情は、少しずつ
沈んでいく。
ついには、能面のように
顔を動かさなくなった。
(──どうしたんだろ)
こんな感じで
日々は過ぎていき、
気がつけば
何ヶ月もたっていた。
「コハナー!
聴いてあのね、エイト君、
昨日返してくれて・・・
神すぎんッ!?」
そんなある日。
私の席まで
駆けよってきた彼女は、
友達のミオコ。
アイドルオタクの彼女が、
最近推している
男子アイドルグループ、
NCRのセンターであり
リーダーのエイト君について
語りにきたようだ。
その時。
「ガッシャーン!」
隣から盛大な音がして
思わずふり向く。
ナツが、落としたらしい
缶ペンケースと
散らばったペンを
あわてたように拾っていた。
「――それでね、エイト君が・・・」
ミオコのトークが再開しても、
私はほとんど上の空でいた。
──一瞬見えたナツの顔が、
いつかの練習のときのように
真っ青だったったからだ。
(大丈夫かな──)
つい、そのことに
没頭してしまった私は、
いつの間にかミオコの
推しトークが
終わっていることにも
気がつかなかった。
──そして、ナツを見つめる
ミオコの瞳にも。
*・.*・.*・.*・.*・.*
外が街灯の明かりに
照らされている時間になっても、
私・・・ミオコの部屋は
光々と電気がついていた。
オタクしか知らない
このサイトには、
様々なアイドルの情報がある。
私は、その沢山の中の写真に
目を止めた。
(──やっぱり・・・!
彼は元NCRの・・・)
そんなある日曜日。
私は暇つぶしがてら
散歩していた。
(あ、ナツ)
店の窓に
何か貼られているのだろうか。
彼はジッと見動きせず
見入っていた。
何だか気になり、
私は近づいた。
私が真後ろに来ても、
ナツは気づかない。
そっとのぞくと、
それはポスターだった。
「NCRに続け!
次のスターは君だ!!
~少年アイドルグループ
デビューオーディション~」
少し驚いて息を飲む。
「──それ、受けるの?」
「えっ、ワッ」
私の声に、
ナツはビクッとし、
あわてたようにふり向く。
「いつの間に──」
小さく彼は息をもらすと、
少しうつむいた。
そして、ナツは
首を横に振る。
その様子が、何だか
何か思いつめているように見えて、
ついほっとけなくて口を開く。
「──何か飲まない?
おごるけど」
私は、自動販売機を
指さした。
それぞれジュース片手に
ベンチに座る。
「・・・」
しばらく静寂が
私達の間で広がっていたが、
ふいにナツが
ポツリとつぶやいた。
「ダンスレッスン、──もういいや」
「──え?」
予想もしていなかった言葉に、
私はナツの顔を見つめる。
彼はうつむいていたが、
やがて乾いた笑みを浮かべ、
顔を上げた。
「そうだ。俺には
才能がなかったんだ」
「・・・どういう、こと──?」
話についていけず、
私は面くらう。
そんな私に、
ナツは視線だけ向けた。
(・・・!!)
それだけで、私は
何も言えなくなる。
「──そういうことだから。
今まで教えてくれてありがとな」
「まっ──・・・」
私の声になど
耳もかたむけず立ち上がり
去っていくナツに、
言葉を飲んだ。
(──・・・)
「何、それ──」
空いた隣のスペースに、
虚しく響いた。
「意味分かんないし・・・!」
*・.*・.*・.*・.*・.*
翌日の学校では、
ナツが隣にいるのが
何だか気まずくて、
休み時間になると廊下に出た。
昨日のことが
胸につっかかっていた。
確か表情は不自然だったが、
ダンス自体は順調だった。
──はずなのに。
『俺には才能がなかったんだ』
理由もよく分からないのに、
いきなりやめよう、なんて。
(・・・私の教え方が
悪かったのだろうか)
何度も何度も
そんなことを思ってしまい、
気づけば大きなため息をついていた。
「コハナ。話そ!」
私の肩をたたいたのは
ミオコだった。
「悩みあるなら、相談のるよ」
「ミオコ・・・」
友達の心づかいを
ありがたいと思った。
胸が熱くなり、
私は口を開いていた。
*・.*・.*・.*・.*・.*
「フーン・・・」
私がミオコに
全てを話し終えると、
彼女は頬に手を当て、
うなった。
少しためらうような
沈黙の後、
私に手まねきした。
「ちょっと来て」
ミオコに連れられ、
人気(ひとけ)のない階段に座る。
「ナツ君にとって、
あまり知ってほしくない
事っぽいから
黙ってたんだけど──」
ミオコは、
ひそめた声で言った。
「NCR、あるでしょ。
3年前──
まだ、まったく
人気も知名度もなかった頃、
NCRにもう一人メンバーがいたの。
その人は、メジャーデビューする1年前に
脱退した。
彼が・・・ナツ君なの」
(!)
「もしかして――
それが関係してるかもしれない」
おごそかに告げたミオコを
見つめながら、
私は動けなかった。
『──曲、今のNCRのやつから
変えてほしくって・・・』
はじめの曲の時の、
ナツの真っ青な青い青い顔。
小刻みに震え続ける彼の手。
ひたいに浮かんでいた汗。
そして、あのポスターを
一心に見つめていたナツ・・・。
何か、まだ分からないけど、
少しつながったような気がした。
・*。・ 放課後 ・。*・
私は、帰ろうしていたナツをつかまえ、
意を決して話しかけた。
「──昨日のことだけど。
私、なっとくしてないから」
「・・・んだよ。
もういいって言っただろ。
──そういや授業料まだだっけ。
とりあえず俺、今、
千円しかもってないから後で・・・」
「違う!!」
私は、さしだされた
お礼をはらいのけた。
何だか、無性に
腹が立っていた。
そんな私の剣幕に驚いたのか、
彼はパチクリとまばたきをする。
「なんでっ──なんでっ。
あんなに苦しそうでも
必死に踊ってたのに!
最近、少しずつできるように
なっていたのに!
なんであきらめるの!!」
「・・・楽しくないんだッ!!
──自分でも笑えるぐらいに、
もうダンスなんて楽しくないんだ!」
ナツが、唐突に叫んだ。
心の内をはきだすような
叫びだった。
私は、能面のように
顔が動かなくなったナツを
思い出す。
(・・・でも)
「──じゃあ。
じゃあ何で」
昨日、私に向けた
ナツの瞳から。
「何で、泣いてたの・・・!?」
ビクンッと
ナツの肩がゆれた。
うつむいた彼の表情は、
見えなかった。
「本当にそれでいいの?
本当は、あきらめたく
ないんじゃないの?
ダンスも・・・
NCRのことだって!!」
ヒュッと空気をすった
音がした。
ハハハハ・・・
という乾いた笑い声を
ナツがもらす。
「──んだよ。
──俺の、何を知ってんだよッ!!」
大きく大きく、
彼は、ほえた。
そして、ヨロヨロと
地面に座りこむ。
「俺だって──
あきらめたくなんかなかった!」
*・.*・.*・.*・.*・.*
──時は、3年前──
俺達NCRは、まったく
人気も知名度もなかった。
ボイストレーニングや
ダンスレッスンなど、
夢への努力はおしまなかったが、
それでも小さい劇場で
たまにライブをしても、
チケットが売れず
自腹を切ってなんとか、
という感じだった。
「ナツ、今日もダンス上手だな」
「エイトこそ、ビジュ最高じゃん」
メンバーではげまし、
支えながらの毎日だった。
そんなある日。
センターで、リーダーである
エイトの両親が離婚した。
その日から、
エイトのどこかが変わった。
変わってしまった。
「・・・お前、じゃま」
池につき落とされた。
2月だった。
冷たい冷たい滴が、
俺の頭をしたたり落ちた。
「むかつくんだよ」
むかっかれる理由なんて、
1つも思い浮かばなかった。
訳が分からなかった。
分からないけど─―
エイトのそれは、メンバーに、
まるで感染症のように
あっという間に広がった。
殴られ、笑われ、
死ねと言われ。
2年もたつと、NCRには、
もう居場所がなくなっていた。
そんな中、
朗報がまいこんできた。
前に受けていたオーディションの
一次審査が受かった、
ということだった。
このオーデは、
最終審査がテレビで
全国放送される。
チャンスとばかり、
俺達はくらいついた。
マネージャーによると、
2次審査で重点的に見られるのは、
ダンスということだった。
俺は、メンバーの中でも
ダンスが得意で、
かぜんやる気になった。
────なのに。
「2次審査の時の記憶が、
ないんだ」
俺は、ぼそっとつぶやいた。
「どういうこと?」
分からない、
俺は首を振る。
「気がついたら──
全部、終わっていた」
分からない、分からない・・・
分からないことが、
こんなにもある。
*...・・・*...・・・*
「今回は残念ながら
不合格で・・・」
マネージャーからの言葉を、
俺は心が冷えきっていくのを
感じながら、聞いていた。
俺以外のメンバーの瞳は、
俺だけを見ていた。
ついに、俺は
脱退の決意をした。
誰も、俺を
引きとめなんてしなかった。
ダンスなんて
2度とするもんかと誓った。
でも、あきらめきれなかった。
有坂さんが選曲したのは
NCRの最近のヒット曲だった。
俺の、いないNCRの。
「ここのステップは・・・」
急に重くなった体を
なんとか動かす。
NCRの曲が流れる。
一秒、一秒と
心が固まっていくのを感じる。
「――って、大丈夫!?」
いつしか、
俺の手は震えていた。
頭も真っ白になりかけていたし、
嫌な汗が止まらなかった。
(怖い怖い怖い怖い──)
踊ることが、怖かった。
こんなに体も心も
踊ることへの恐怖で
むしばまれているのに、
──それと同じぐらいの
悔しさがあった。
「だい丈夫・・・」
俺は、無理矢理笑ってみせたが、
結局休けいになってしまった。
(─―なんでできないんだよ、
俺──!)
曲をNCRじゃないものに
してもらった。
すると、楽になった。
普通ぐらいには
踊れるようになった。
そしてなぜか、
踊ることが楽しくなくなった。
日曜日、偶然見つけてしまった
ポスターを見ていると、
有坂さんに声をかけられた。
『──それ、受けるの?』
違う。
でも、本当は受けたいのかもしれない。
それとも、どっちでも
ないのかもしれない。
自分の気持ちなんて、
とっくに分からなくなっていた。
缶ジュースをながめていたら、
フッと思った。
(──なんで俺、
ダンスレッスンなんてしているのだろう)
NCRの曲は、踊れなかった。
NCRじゃない曲だと
楽しくなかった。
踊りたいと、思えなかった。
「・・・もういいや、
ダンスレッスン」
気づけば、俺の口から
こぼれていた。
そうだ。
やめてしまおう。
俺には才能が無かったと
思えばいい。
そうしたら、やめてしまったら、
そうしたら・・・────。
なのに。
「本当は、
あきらめたくないんじゃないの?
ダンスも・・・
NCRのことだって!!」
踊る怖さも、悔しさも、
自分への怒りも期待も。
全て捨てようとしていた俺に、
その声は、感情を取り戻させた。
「俺だって
あきらめたくなんかなかった!」
*...・・・*...・・・*
静かに涙を流すナツに、
私は胸がつまった。
彼の話は、
キツく私の胸をしめつけた。
でも。
まだ、彼に
伝えないといけないことがあった。
私は、大きく息を扱う。
「明日。いつもの場所で待ってる」
それでも。
それでもやっぱり
あきらめてほしくないと
思ってしまうのは、
私のわがままだろうか。
彼に、一曲踊りきれるように
なってほしいと思ってしまうのは、
わがままなのだろうか。
私のさし出した手を、
ナツはおそるおそる・・・
でも、しっかりとつかんだ。
*...・・・*...・・・*
あくる日、彼は来た。
どうやら、私に
今まで抱えこんでいた気持ちを
ぶちまけたのが良かったのか、
少しふっきれたみたいだった。
「俺、昨日考えたんだけどさ。
ほら、俺、ダンス以外の
取り柄ないじゃん?
まだあきらめるのは早いかもって」
少し照れながら
そう語ったナツに、
熱いものが胸に広がる。
「だから───よろしく、先生」
「もちろん!」
初めは、おこづかい稼ぎ程度のノリで
引き受けたダンスレッスン。
それが、今、こんなに
私にとって大切で
意味あるものになったのはきっと、
教える相手がナツだったから。
苦しい中でも、もがきながら
それでも踊ろうとした、
そんな彼だから。
「曲かけるよー!」
今日もまた。
いつものように
レッスンが始まる。
*end*
有坂 心花
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