放課後の音楽室で

CAST橘侑里

作者：まかろん

2025.10.17

毎日、音楽室から聞こえてくる。

あ、今日は、ショパンのバラードだ。

私・・・ゆうりは
音楽室にそっと近づき、
背中をくっつけた。

そっと目をつぶる。

誰が弾いているんだろう・・・って
いつも思うけど、ドアを開く勇気は、
私にはない。

私はここで背中をくっつけて、
綺麗な音色を聞いているだけでいいんだ。

そう、思ってたんだけど。

改めて、私、橘ゆうり。
音楽が大好きな中３。

友達と呼べる人はいない。

ただ静かに過ごしているのが
幸せなのだ。

そして、私の毎日の楽しみは
放課後に音楽室のドアに
背中をくっつけること。

音が聞こえてくる。

あ、今日はベートーヴェンの
「月光」だ・・・

私は、音楽が大好き。

昔、ピアノを習ってた・・・
けど、もう、鍵盤に触ることはないだろう。

ベートーヴェンの月光が
終わったタイミングで、
私はドアに向かってにこりと微笑み、
お辞儀をした。

『いつも、素敵な音楽をありがとう』
という意味で。

音楽室を離れ、階段を下る。

途中で誰かとすれ違った。

「あ」

その子が落とした紙束を
拾ってあげる。

「ありが・・・」

目が合った。

彼女・・・そのまは
気まずそうに目線をずらすと、
階段を登って行った。

私も我にかえったみたいに
階段を下った。

そのまとは、
昔は友達だった。

ピアノの連弾の相棒。

そういう関係だった。

私とそのまでは
だいぶレベルが違って、
そのまの方が上手だった。

だけど、仲のいい私たちは、
息だけはぴったり。

だから、なんとか
全国大会までいけた。

絶対に足を引っ張りたくなくて、
必死に練習した。

でも、本番。

緊張して、
頭が空っぽになった。

途中で止まってしまったのだ。

何とか演奏しきった。

楽屋でそのまは言った。

「ゆうりは私の足を
引っ張ってばっかじゃん」

哀しそうに、怒りをこめた目で
私を見つめた。

その言葉と目線は、
今でも私の心にささってとれない。

・・・あ、ドビュッシーのアラベスクだ。

すごくきれいに弾くんだな。

今日も私は音楽室に
背中をくっつけていた。

うっとりと目をつぶる。

ガタン。

ガタガタと動いた。

やばっと思った時にはもう遅い。

ピアニストは私を見ていた。

私は焦って
めちゃくちゃなことを言う。

「えっと、音楽室の前歩いてたら、
眠くて・・・座りこんじゃった・・・」

彼は笑った。

「知ってるよ、
いつもここで聴いてること。
好きなの？」

なーんだ。
知ってたんだ。
恥ずかしい・・・

「昔、ピアノやってたんだけどね、
トラウマで」

そっか、と
彼はささやくように言った。

そして促す。

「弾く？」

「え？」

「一緒に弾こう」

彼は私の腕を引っ張って、
音楽室の中に入る。

「耳コピできる？」

「・・・うん」

耳コピは得意だ。

「じゃあ、さっき僕が弾いてた曲、
メロディーだけでも弾ける？」

「・・・伴奏もいける」

彼は、椅子に座った。

彼は、椅子の半分を指さす。

私たちは同じ椅子に座って、
鍵盤に手をおいた。

彼が伴奏を奏でる。

私はメロディーと
簡単な伴奏を弾いた。

こんなに楽しいの、
いつぶりだろ。

そう思う。

もっと、やりたい・・・・

気がつけばもう終わっていた。

「上手だね」

さわやかに彼が言う。

「・・・私、もう一度、ピアノやりたい」

つぶやいた。

彼は、私をやさしく見つめた。

「やればいいんじゃない」

彼は私の事情は知らないけど、

誰よりもわかってくれてるって
ことだけはわかる。

いつか、彼に見合うような演奏がしたい。

＊ｅｎｄ＊