桃の花と一緒に。

CAST林美央子

作者：もなか

2023.02.22

「林ミオコです。
横浜から来ました。
よろしくお願いします」

パチパチパチパチ

新しいクラスから
拍手がおこる。

自己紹介なんて
いつぶりだろう。

私はふと、窓越しに
空を眺めた。

私が転校することに
決まったのは
至って単純な理由からだった。

家族で夕食をとっていて、
父の様子がおかしかったので
問い詰めると

「ゴメンな、ミオコ。
父さん、仕事で東京に
行くことになったんだ。
だから・・・」

そして、父の仕事の
赴任先である東京に、
私達家族も
ついていくことになった。

そして、転校は
３ヶ月後の予定となった。

このことは、学校では
転校ギリギリまで
言いたくないと、
そう思っていた。

・・・なんでかって？
それは・・・

「おはようミオコ！
ねぇさ、今日提出の宿題が
マジ終わんねーくて！
な、教えて！」

「きゃっ！
ちょっと渚夏！
驚かせないでよ！」

「あはは、ほんと
２人は仲良いねぇ！」

幼馴染の久野渚夏と、
親友の伊藤沙音だ。

いわゆるイツメン。

授業中は、先生が黒板に
文字を書いている間に
付箋を交換して会話したり、
放課後になったらすぐに
３人で渚夏の家に行って遊ぶ、
そんな仲だった。

「まぁ、言ってる私も
宿題終わってないんだけどねー」

「沙音も一緒じゃねぇか！
もういいや、俺
宿題諦めるわー！」

私達は仲が良い。
だからこそ、
転校なんて言えない。

明日も、明後日も、明々後日も
ずっと学校に来るような顔のまま、
転校したい。

そう、思っていた。

「私ね、その、
渚夏のこと、
好きっていうか
何ていうか・・・」

「・・・は!?」

思わず飲んでいた
コーヒーラテを吹いた。

珍しく沙音が
２人だけで遊びたいと
言ってきたので
カフェでお茶をしていたときだった。

「い、いつから？」

「実は、結構前からで・・・」

「は、はぁ」

恋愛なんてよく分かんない、
そうずっと思ってたから、
頬を赤くしながら
経緯を話す沙音は
別人のように見えた。

「だからさ、ミオコ。
なるべくさ、私と渚夏が
２人で居る時間を
増やしてもらえないかな？
お願い！」

すべてを話すと、
沙音は頭を下げて
私に頼み込んだ。

「い、いいよ」

「ほんと?!
やったー!!」

嬉しそうな沙音の顔は、
これまで何度も
見たことがある。

アイスのあたりくじが
当たったとき、
席替えでイツメン３人が
近くなったとき・・・

でも、今日の顔は
やっぱり違う。

「ごめん。
私、塾あるから。
それじゃ」

半分逃げるようにして
私は家に帰った。

それからの日々は
退屈だった。

授業中、お弁当のとき、
いつも３人で過ごす時間になると、
私はテキトウな理由をつけて
その場から離れた。

それとは反対に、
沙音と渚夏は
どんどん仲良くなっていった。

楽しそう・・・
でも、行けないよ、
私みたいに恋愛しない人が
入っちゃいけないんだろうな・・・

気づけば転校まで
残り２週間になっていた。

「ねぇ、ミオコ。
久しぶりに
３人でカフェ行かない？」

思いがけない
沙音からの誘いに、
私は首を縦にブンブン振った。

「あのね、ミオコ・・・」

「いいよ、俺から言う。
ミオコ、実は俺たち、
付き合うことになったんだ」

「え・・・」

胸がズキッと
痛むのがわかった。

頭がどんどん
真っ白になって、
なのに怒りだけが
鮮明に浮き上がってくる。

「そ・・・っか。
うん・・・おめでと」

何故か無意識に
立ち上がってしまった。

「だから、その、
これから３人で過ごす時間、
もっと減るかもって・・・」

もう無理だ、
そう思った。

「・・・なんで？
私、３人で過ごすのが
好きだったのに。
親友と、幼馴染と、
離れ離れになるのが恋なの？
そうなの？
それが恋なら、
そんなのいらないよ!!
そんなのより
友情が大切でしょ！」

怒りの言葉が溢れて
止まらない。

「ちょっと、ミオコ！」

「おかしいよ、
だって、私、もう・・・」

１番言いたくなかったことを
言ってしまった。

「もうあと２週間で、
転校するのに！」

それからの２週間は、
地獄というほど
苦しくはなかった。

２人と気まずくて
話さなかった。

けれど、それは
以前からだったから。

「林さんは今日で
転校します。
皆さん、ありがとうの手紙を
書きましょう」

担任はホームルームの時間に
小さな手紙プリントを
１人ずつに配らせた。

２人がどんな
内容を書いているのか
気になって
少し覗いてみた。

けれど、よく見えなかった。

みんなの手紙は

『今までありがとう！』

そう書かれた
大きな封筒に入れられて、
ホームルーム後に
担任から渡された。

「林さん、また横浜来たら
遊ぼうね！」

「僕たちも頑張るから
林さんも頑張ってね！」

クラスメイトたちは
私にそう告げて
教室を出ていく。

私は、担任に
もう少しだけ教室で
思い出に浸りたいと言って、
鍵を預けてもらい、
１人で教室に残った。

封筒の中をあさる。

誰の手紙を探しているのか、
自分でも認めたくなかった。

・・・ない。
やっぱりないや。

２人からの手紙。

そりゃそうか。
あんな酷いこと
言ったんだもん。
怒るよね。

涙が溢れてきた。

１人、教室で
泣きじゃくった。

誰もいないことを
良いことに、
声を出して、
ずっと泣いた。

謝りたい。

仲直りしたい。

恋なんてよく分かんない。
でも、友情ならわかる。
壊しちゃまずいんだ。

そんなときだった。

ひゅんっ

窓から、２つの
紙飛行機が飛んできた。

「何、これ・・・」

急いで紙飛行機を
手に取る。

よく見ると、
ホームルームで配られた、
手紙のプリントだった。

ドキドキしながら
２つの紙飛行機の
折り目を開けていく。

『ミオコへ。
最後の最後で喧嘩しちゃってごめん。
私、こころのどっかでミオコに
頼っていたのかも。
この恋が成立したのもミオコのおかげなのに、
嬉しい気持ちで一杯で、
全然感謝の気持ちとか言えなかった。
転校かぁ、ほんとに悲しいな。
でも、私達離れていても親友だからね。
絶対忘れない。
また３人で会おうね！
　　　　　　　　　　　　　沙音より』

『ミオコ！
転校なら早く言えよ！
俺と沙音のことで
気まずくさせてごめんな。
マジで、俺、自分のことしか
見えてなかった。
ミオコに無理させてたんだな、
マジですまん！
お前、恋のことよくわからないとか
言ってたけど、
でも、俺に言えるのは、
恋は全然悪いもんじゃないってことだな！
ミオコは、友達を思いやれる良いやつだから、
きっと恋愛も成功できると思う。
だから、新しい学校では、
もっと広い世界見てこいよ！
応援してるぜ！
　　　　　　　　　　　　　渚夏』

急いで窓の外を見た。

けれど、もう２人は、
帰ったみたいだった。

「うん。頑張るよ」

そう、呟いた。

＊　‐‐‐　＊　‐‐‐　＊

担任から、新しい席を
紹介される。

「転校生の・・・ええと、」

「ミオコ。
林、ミオコ」

「そっか。
よろしくね！」

ニコッと笑った、
新しい隣の席の男子。

その笑顔に、
胸がムズムズする。

これって・・・

沙音、渚夏。

これなのかな。

私は、この気持ちを、
信じていいのかな。

「うん、よろしくね！」

とびきりの笑顔を見せた。

窓から、桃の花びらが
舞い降りてきた。

＊終わり＊