タンシヌルチョアヘヨ

CAST中瀬梨里

作者：うあ

2025.09.26

「・・・・クロニッカ～」

軽快なＫポップの曲に合わせて
私は指先を動かし、
片足を上げる。

踊り切った。

私・・・・中瀬リリは
上げていた右手を下ろし、
荒く呼吸する。

誰もいない放課後の教室で
１人で踊るのが私の日課だ。

私は、Ｋポップアイドルを
目指してるんだ！

「ぶっ・・・・
うわっはっはっは！」

大きな笑い声が聞こえ、
私はばっと後ろを振り返った。

そこではクラスの静かな男子、
八神リョウスケが笑っていた。

今まで声を聞いたことも
なかったから、びっくりした。

「はっはっは！
うわっはっは！」

なんて失礼な。

ダンスだけは
結構自信があるんだけど。

「ふんっ。失礼ですね！」

私が教室を出ていこうとすると、
リョウスケは
笑いすぎて出た涙をふいた。

真顔になってこっちを見る。

「お前、Ｋポップアイドル
目指してんの？」

私は、こくっとうなずいた。

「名前は？」

「中瀬。中瀬リリ」

クラスメイトの名前、
覚えてなかったのか・・・・
と、少々あきれながら
私は名乗った。

リョウスケは
何かを企んでいるような顔で
私を見た。

「Ｋポップアイドルになりたいんなら、
もちろん練習してんだよな、韓国語」

もちろんだ。

私は、無言でうなずいた。

「韓国語で、
自己紹介してみろよ」

「え？」

私は、目を瞬いた。

「八神くん、韓国語・・・・」

「いいから」

リョウスケにうながされ、
私は軽く息を吸って話しだす。

「チョヌンリリイムニダ。
チョヌンヨルネサリムニダ。
ネチュイミヌンデンスイムニダ。
チャルブタカムニダ」

リョウスケの目が
まん丸になっていた。

よっしゃあ、
これでどうだ！

と、少しドヤ顔になった瞬間、
リョウスケは大爆笑し始めた。

「発音悪っ！
うっひゃひゃ！
うわはははは！」

さすがに限界である。

再び教室を出ていこうとした私の腕を、
リョウスケがつかんだ。

「中瀬」

リョウスケの瞳が
私をとらえる。

「毎日、韓国語の練習、する？」

私は、うなずいた。

そうして私とリョウスケの
放課後の韓国語教室が始まった。

「ここ。
もうちょっとトーン上げて」

「んー・・・・こうかなあ」

「いい感じ」

いつの間にか、その時間が
私の楽しみになっていた。

私は、思ってなかったんだ。

この時間の終わりがくること。

「ごめん、中瀬。
俺さ、韓国に
帰らなくちゃいけなくて」

「・・・・どういうこと？」

リョウスケはすべてを
話してくれた。

彼は韓国で育ち、
前から日本を去ることは
決まっていたということ。

彼は、もう２度と日本には
戻ってこないであろうこと。

彼も私と過ごす時間が
楽しいと思ってくれていたこと。

「嫌だよ、そんなの・・・・！」

彼はやさしい瞳で
私を見つめる。

私は、ふと思い立った。

リョウスケに、見てもらおう。

「リョウスケ！
私のダンス、見て。
前よりうまくなったから」

最初に彼に笑われたのと
同じダンスだ。

軽く口ずさみながら
私はくるくると踊る。

彼は、笑わなかった。

そして最後に、右手を上げて。

「タンシヌル
チョアヘヨ」

あなたが好きです、という意味の
韓国語だ。

リョウスケの瞳が大きく
見開かれた。

「リリ・・・・」

初めて、名前を呼んでくれた。

「俺も・・・・」

私は、微笑んだ。

彼も微笑む。

「タンシヌル、チョアヘヨ」

＊ｅｎｄ＊