手を伸ばせば、赤。
作者:はんちゃん
無音の空間。
平坦だけどよく通る声。
耳を澄まし、本能のまま
手を伸ばす。
札へ。未来へ。
。°・*・○・*・° 。°・*・○・*・° 。°・*・○・*・° 。
「ミーク! おはよ!」
親友のイチカが
かけてくる。
朝の澄んだ空気に
私は背筋を伸ばした。
私、大月ミク。
かるた競技部。
イチカの声に、私は
はめていたイヤホンを外した。
「へーえ、
生徒会役員が校則違反ですか、
何聴いてんの?」
イチカがサッと私のイヤホンを
耳にはめる。
『天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ・・・』
「・・・え、なにこれ」
「何って・・・
イチカが聴いたとおりだけど」
平然と答える私に、
イチカは黙ってられないといった勢いで、
「なんで?! 女子中学生が?
朝から?
百人一首なんて聴いてんの?!
ミク、本当にJC?!」
と、まくしたてた。
「かるたクイーン戦の
専任読手の読みよ」
「いや、“読みよ”
じゃなくてさあ・・・」
イチカは、あきれたように
ため息をつく。
「ミク・・・
最初から薄々思ってはいたけどさ、
まさかここまでかるたバカだとは
思ってなかったよ」
つきあってられないというような
顔をしてからイチカは、
「じゃあ、バカな私は先行くね。
数学の小テストの勉強してない!」
と言いながら猛ダッシュで
先を走っていった。
ぶら下がったイヤホンを
じっと見つめる。
“かるたバカ”、か。
『ミク、本当にJC?!』
“普通の”女子中学生って
きっとイチカみたいに、
服とかメイクとかに興味があって、
女の子らしい子ばかりなんだろうな。
イヤホンから流れてくる歌だって、
オシャレな女の人が歌うラブソングや、
イケメンのアイドルが歌う
ダンスチューンなんだろうな。
私みたいな子、どこにもいない。
でも。
それでもいい、と
私は寒空の下を
まっすぐ歩き出す。
。°・*・○・*・° 。°・*・○・*・° 。°・*・○・*・° 。
「おーおーつーきー!」
水曜の昼休み。
いつだって同じ声が
私を呼ぶ。
「もう少しボリューム落としてって
言ったでしょ・・・北島」
私が冷静な口調で
そう言うと、
決まって彼は
『ごめーん』と舌を出す。
北島岬。同級生。
生徒会書記、私と同じく。
毎週水曜日の昼休みは、
生徒会のミーティングと決まっている。
「大月いつもおせーし。
早く行くぞ!」
彼は、早足で私の前を歩く。
「北島が早いだけでしょ」
私を迎えにくるのも、
歩くスピードも、
彼は私より何だって早い。
「そういえばさー」
私の方を向かずに
彼は言う。
「来月、大会だよな」
「うん」
ドキリとする胸を押さえて
答える。
「優勝したらお前、A級だろ」
「うん」
何だか、泣きそうになる。
「がんばれよ」
「うん」
言われなくても、
がんばるって。
北島は、私の欲しいもの
なんでも持ってるから
そんなことが余裕で言えるんでしょ?
彼は、私と同じかるた競技部。
入学してから一緒に
切磋琢磨してきた仲だけど、
彼は去年、一足先に
A級に昇格した。
私に、勝って。
無音の空間から、
平坦だけどよく通る声の
最初の音を聴くのは、
いつだって、北島のほうが早い。
私が手を伸ばしても、
探し求めた札はもうない。
北島の影も、いつの間にか
手を伸ばしても伸ばしても
届かない距離にあった。
「っしゃー、到着ー!」
生徒会室の扉の前で
彼は笑っている。
私に勝ったときと同じ
弾ける笑顔で。
「大月、今日もがんばろうぜ!」
彼は勢いよく扉を開けた。
「“がんばれ”、か・・・」
彼の背中を見つめた。
これから先も私は、
彼の背中だけしか
見ることができないのだろう。
前を行くのは、いつだって君。
疼く自分の背中を
軽くさすってから、
私も彼に続いて
教室に入った。
。°・*・○・*・° 。°・*・○・*・° 。°・*・○・*・° 。
「大月」
彼が私の名を呼ぶ。
いつもと違って、
落ち着いた低い声。
「ちょっといいか」
「うん」
試合までは、
しばらく時間がある。
私は彼の背中に
ついて行った。
「いよいよ今日だな」
「うん」
人のいる気配のない、
会場裏。
私と彼の、ふたりだけ。
「あのさ、」
視線が合った。
「お前、もう少し笑えよ」
彼は言った。
「・・・は?」
「お前、かるたしてて楽しいか?」
意表をつかれたような
気がした。
鼓動が速まる。
「俺、最近、お前の笑ってるとこ
見たことねえ」
何だかいたたまれなくなって
顔を背けた。
「俺は、かるたが楽しい。
大月と笑いながら、
それでも真剣にかるたをやってたときが
1番楽しかった」
さっきの鼓動の高鳴りとは
また違ったドキドキが私を襲う。
「なあ、大月」
彼はまっすぐに
視線をすえる。
「笑ってくれよ、
かるたのために、俺のために」
何言ってんの。
そう返すことさえ
できない。
彼を見れない。
「俺、大月のこと
好きなんだよ」
足に力が入らない。
膝が震える。
「好きなヤツには、
勝って笑ってもらいたい」
彼は、袂から
小さな赤い御守りを出した。
「俺がずっと、そばにいる」
御守りを私の手に
握らせる。
彼の体温。
“そばにいる”
「・・・調子、狂う」
そう皮肉を返すのが
精一杯だった。
慣れない袴をひるがえし、
会場に戻る。
手の中にある、赤い御守り。
彼は、そばにいる。
私はひとりじゃない。
戦おう。
まっすぐ前を見据えた。
私はひとりじゃない。
楽しもう。
彼に教えてもらったこと。
心からかるたを
好きだと思う気もち。
かるたを大切に思う気もち、
心に留めておこう。
彼が教えてくれたこと。
私は今日、勝って笑うんだ。
。°・*・○・*・° 。°・*・○・*・° 。°・*・○・*・° 。
「あ、いた! 北島!」
応援にかけつけたイチカが
小声でかけ寄る。
「で、ミクは?」
「今、決勝だよ」
前を見たまま答える。
イチカは、会場の
あまりにも厳かな雰囲気に
思わず息を呑み、身を引いた。
試合は、わずかながらに
ミクが劣勢。
残る札も、もう少ない。
(思うように声が聴こえない・・・
手が伸ばせない・・・)
焦り、緊張、
恐怖が混じ入る空間。
相手の表情が少し
余裕なものになってきた。
(あ、そうだ・・・あの御守り)
袂に目をやる。
神々しい赤。
夢の舞台、近江神宮の色。
(思い出した・・・)
小さな頃、祖父母の家で
かるたのクイーン戦を見て
とりこになったこと。
近江神宮のきれいな朱に
目を輝かせたこと。
かるたのことが
大好きだということ。
(北島・・・ありがとう)
胸に手を当てる。
(私は、かるたが好き・・・)
目を閉じる。
(・・・いける!)
静かに、それでいて鋭く
まぶたを開く。
相手が一瞬、
ひるんだ表情をした。
無音の空間。
平坦だけど、よく通る声。
耳を澄まし、
本能のまま手を伸ばす。
札へ、未来へ―――――。
。°・*・○・*・° 。°・*・○・*・° 。°・*・○・*・° 。
「ミク!
優勝おめでとう!!」
満面の笑顔を咲かせたイチカが
ミクを抱きしめて迎える。
「イチカありがとう。
イチカの応援のおかげで私、
A級になれたよ」
私は笑顔で賞状を見せた。
「ところで、ミクさん・・・」
イチカが耳元でささやく。
「ミクのスマイルに
やられちゃってる人が
1名ほどいるんですけどぉ・・・」
そう言って
チラリと見た先には、
顔を真っ赤にさせた
彼がいた。
「ってことで、
私ジャマみたいなんで帰りまーす!
ミク、お疲れ様!
北島がんばれよ!」
イタズラっぽい笑みを浮かべて
イチカは去っていった。
彼は「うるせー!」と言いながら
イチカを見送ったあと、
ばつが悪そうに私を見た。
「・・・試合前の
あの堂々とした態度は
どこへやら」
私は、あきれたふりをして
ひとり歩き出す。
「み、大月! 待って!」
彼は、あわててついてくる。
私は振り向いた。
「北島・・・ありがとね」
今なら、目を見て言える。
「北島のおかげで、勝てたよ、私」
御守りを手のひらに乗せて、握った。
「これ、一生大事にする。
・・・彼氏からの初めての
プレゼントだから」
そう言い切ると、
彼は目を白黒させて、
「・・・えぇ?!
えっ、えっ・・・
かれ、彼氏?! え、え?」
と、あわてふためく。
「なんか文句あるの?」
「いや、何もないけどさ・・・」
彼はブツブツと口ごもる。
「けど、何?」
「俺で、いいのか・・・?」
仔犬のような瞳で、不安そうに
私の顔をのぞきこむ姿がおかしくて
つい笑ってしまう。
「あんだけ言っといて
なに今さら自信なくしてんの」
私はわざと少し冷めた目をして、
それから。
「私は、北島だからいいんだよ」
と微笑んだ。
「大月が・・・笑った・・・!」
「いや、普通に笑うから」
「俺の前でちゃんと笑うのは
かなり久しぶりだ」
「そうかな?」
「そうだよ!
だから俺・・・
今すっげえうれしい」
照れ笑いをした彼の顔を
真っ赤な夕陽が染めていく。
夢の舞台。
彼がくれた御守り。
始まりの夕焼け。
確かにこの胸に刻まれていく
赤い景色。
これからの未来も、彼となら
迷わず歩いてゆける気がする。
もうひとりじゃない。
手を伸ばせば、彼の手が
私を包んでくれる。
手を伸ばす、
札へ、未来へ。
彼となら、どこへだって
届くはず。
~End~
この作品は過去に投稿された作品をアレンジしたものです。また、掲載されている物語はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
大月 美空

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