放課後の、不純な透明
作者:みーちゃん
リョウスケ「また、それ飲んでんの?」
放課後の理科準備室。
西日が差しこむ埃っぽい窓際で、
松尾は決まって
ラムネの瓶を鳴らしている。
炭酸の抜けたような
薄い笑みを浮かべて、
彼女は言った。
ソノマ「これ、好きなんだよね。
ビー玉の出口がない感じが、
なんか今の私たちっぽくて」
僕は、貸したままだった
数学のノートを受け取りながら、
隣の丸椅子に腰を下ろした。
窓の外からは、野球部の掛け声と、
遠くで鳴り始めた
夕立の予感のような風の音が
聞こえてくる。
松尾とは、
仲が良いわけじゃない。
ただ、掃除当番が一緒だったり、
図書室の席が隣だったりするうちに、
こうして誰もいない場所で
言葉を交わす時間が増えた。
彼女の手元で、ラムネの泡が
パチパチと小さく弾けては消えていく。
ソノマ「ねえ、もし
このビー玉を取り出すとしたら、
どうする?」
リョウスケ「・・・瓶を割るしかないだろ。
そんなの」
ソノマ「そうだよね。
壊さないと、触れないんだよね」
松尾は瓶を逆さまにして、
空になったガラス越しに
僕を覗きこんだ。
歪んだ視界の中で、彼女の瞳が
いつもより潤んで見えたのは、
きっと夕陽のせいだ。
不意に、彼女が
僕のシャツの袖を小さく引いた。
ソノマ「・・・ねえ、
泡が消える前に、なんか言ってよ」
その声は、消え入りそうなほど
細かった。
僕の喉の奥には、ずっと前から
言いたかった言葉が、
あのビー玉のように固く詰まっている。
それを口にすれば、
今のこの“ただの同級生”という
透明な関係が、
パリンと割れてしまう気がして。
リョウスケ「・・・松尾」
ソノマ「なに?」
僕は意を決して、彼女の手から
ラムネの空瓶を取った。
指先が触れた瞬間、
彼女の肩が微かに跳ねる。
リョウスケ「そのラムネ、
もう泡なんて残ってないだろ」
ソノマ「・・・気づいてた?」
リョウスケ「最初から」
彼女が、いたずらが見つかった
子どものように笑う。
その笑顔が、
あまりに綺麗で、
残酷だった。
外では、予感通り
雨が降り始めていた。
アスファルトの焼ける匂いと、
ぬるい雨の匂いが
開いた窓から流れこんでくる。
リョウスケ「・・・好きだよ、松尾」
言った。
透明だったふたりの間に、
一気に色がついていく。
彼女は驚いたように
目を見開いた後、
今度は泣きそうな顔で、
僕の胸元に額を預けてきた。
ソノマ「・・・遅いよ。
もう、炭酸抜けちゃったじゃん」
窓を叩く雨音に
かき消されそうなほど
小さな声。
けれど、僕の手の中に残った
ラムネの瓶は、
まだ微かに
彼女の体温を宿していた。
僕たちの夏は
ここからまた新しく、
少しだけ苦く、色づき始める。
*end*
※掲載されている物語はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
八神 遼介

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