進め
作者:M
「なんでさぁ、こうなる訳!?」
「ま、まぁまぁ・・・」
地団駄を踏むと、
幼なじみのダイジがなだめた。
私、泉ユノは今日。
失恋した・・・
「幼なじみだって言ってもさ、
私の方がかわいくておしゃれで
成績いいし、
運動神経もよくってお金もちで」
「まぁ、恋は気もちだから・・・」
「なによ!」
小学生の時から、
北島ミサキに片想いしていた。
でも、彼にはずっと
幼い頃からの仲である、
相沢イブキがいた。
「だけどナ、相沢さんにも
北島にも罪はないんだし、
よくないことはしたらだめだゾ」
何についていっているのかは
すぐにわかった。
(・・・相沢イブキのスリッパを
隠したことを言ってるの・・・?)
わかってる。
いけないことなんて。
ただ、ミサキの想い人である
彼女をみたら、
無性に腹が立って、
自分で自分の感情を
コントロールできなくなって
しまうのだ・・・
「私・・・だめだ!」
バタン、と
職員室のドアを閉め、
私はうなだれた。
私が相沢イブキのスリッパを
隠したことを
誰かがチクったらしい。
小学生の時も、
こういうことがあった。
カッと来た相手に
我を失ってしまう
悪いくせがあるのだ。
(わがまま、自慢しい、
高飛車で短気・・・)
私は、私が嫌いだ。
「キャーすごー!」
「相沢さん、
バスケしてたっけ?」
「まさかあそこで
決めるとは思わなかった!」
「偶然だよ、偶然・・・」
女子の中心で
困ったように笑っているのは、
相沢イブキ。
そんな彼女が着ているのは、
忘れ物をした人用の
貸し出し体操服。
・・・相沢イブキの体操服は
私が隠した。
「ごめん・・・俺、
イブキとつきあってるんだ」
ハッと脳裏に
ミサキの声が再生される。
「・・・謝った方が
いいんじゃないの?」
ダイジの声がした。
「ユノのしてることって、
・・・イジメだよ」
やめられない。
止まらない。
日々、私の行為は
エスカレートしていく。
(どうしよう、
どうしようどうしよう・・・)
自分が自分でないみたいに
制御できない。
(どうしよう・・・)
「♪♪♪~」
「へー、SHANON?
好きなんだ?」
「! 泉さん・・・」
休み時間、相沢イブキが
いつも階段で
音楽を聴いていることくらい
知っていた。
片耳にイヤホンをつけた
相沢イブキは、
こわばった笑みを浮かべる。
「あの・・・
私、泉さんに何か、したかな・・・
もししてたらごめん・・・」
彼女が着ているのは
今日も貸し出し用体操服。
・・・相沢イブキの制服は
私がゴミ箱に捨てたから。
「謝んなよ」
思わずカッときて、
イヤホンを奪いとる。
「・・・・・・」
足早に、相沢イブキから
離れながら、思っていた。
(悪いのは全部、私。
ごめんなさい。
こんな私が全部悪いの・・・)
「今までありがとうございました」
別れは、突然やってきた。
「ミサキ、
毎日電話してね」
「おう、もちろん」
「大阪に転校とか・・・
遠すぎるよ・・・」
「そうだな・・
俺もがんばるけど。
イブキもがんばれ」
お似合いなカップル。
ぼやける視界で
必死の涙をこらえる。
その次の日から、
相沢イブキは
学校に来なくなった。
───────────────
────・・・
*** イブキ ***
「♪♪♪~」
イヤホンに流れるは、
爆音の音楽。
「ハーっ。
SHANONの曲、
やっぱり最高・・・!」
つぶやく私、相沢イブキは
ボサボサの髪の毛に
パジャマでゴロゴロ。
・・・かれこれ
学校に行かなくなって1年に
突入する。
「あーだめだなぁ・・・」
変わらない日常。
変わらない自分。
この現状をどうにかしないと、
と思いながらも
マンネリと日々は過ぎていた。
「ん? なに何・・・
SHANONプロデュースの
バンド結成オーディション開催・・・!?」
そんなある日、私は見つけた。
今を変える、チャンスを。
・*。・ オーディション会場 ・。*・
「ベース兼作曲希望の
相沢イブキです」
「俺、ボーカル志望の
今井ハルトです。よろしく」
参加したオーデで
出されたのは、
アレンジの課題。
くじ引きで決まった
即興バンドを結成して、
SHANONの代表曲「ニコラブ」を
編曲し直し、再生回数を競うのだ。
「俺、流石にSHANONより
キー下げないと歌えないから・・・」
「おっけ。じゃあ、
ここにギター入れて
こういう感じはどう?」
「えっ、めっちゃいい。
才能ある!?」
なんとか、
曲のアレンジも終盤に
差しかかった時だった。
プルルルル
「ごめん」
「俺、あとやっとくよ」
電話に出ると、
なつかしい声がした。
「あー、イブキ?」
「! ・・・ミサキ!?」
「ごめん、
今だいじょうぶ?」
「・・・うん」
「あのさ、ビックニュース。
俺、高校から
そっち戻れることになったんだ」
「えっ!?」
北島ミサキ────
親の仕事の都合で、
今は大阪にいる・・・
私の元彼。
去年、ミサキが
引っ越すとなった当初は、
お互い遠距離恋愛でもがんばろ、
と言っていたが、
向こうで彼女ができたらしく、
ミサキが大阪に行って
1ヶ月たつ頃には別れた。
「また・・・
同じとこ通えるな」
なつかしい。
なつかしくて、でも今は
聞きたくない声でもあった。
「じゃあ、遠距離恋愛になっちゃうね、
また」
「えっ?」
「ほら、彼女さん。
寂しがってるんじゃない?」
「彼女持ちなんだから・・・
元カノの私なんかと話してるの
バレたら怒られるよ」
・・・サイテー。
自分で自分の傷に塩を塗り、
自己嫌悪しながら電話を切る。
「「やったー!」」
私たちが編曲した曲は
無事審査を通過した。
これで、
最終審査進出決定となる。
ここからは、
テレビの密着もつき、
かなり大規模になる。
「最終審査の課題は、
1分間の楽曲制作だって」
ハルトの声にうなずきながらも、
私はミサキのことで
頭がいっぱいだった。
「・・・・・・」
あいまいにうなずく私を、
ハルトはじっとみていた・・・
「なにか、悩み事ある?」
「え?」
課題である楽曲制作の期限が
近くなってきた頃だった。
なかなか進んでいない
私をみかねたのか、
ハルトがたずねた。
私は、ミサキのことを
話した。
「元カレで・・・
もうミサキには大阪に
彼女がいるのに・・・」
「私、まだミサキのこと
気もち切りかえられてなくて」
「俺もさーボーカル目指して
上京してきて。
地元の彼女とは別れてきたんだけど、
いまだに未練たらたらなんだよな・・・」
「でもさ、そんなもんなのかもよ?
それだけ相沢さんが、
ミサキくんのこと
好きだったってことじゃない?」
「そう・・・なのかな」
その時、ハッと
インスピレーションが浮かんだ。
「そうだ!
こんなのどう!?」
──────────────
───
トントンと鳴る小太鼓は
心臓の鼓動
別れがあって・・・
でも心は過去に置き去りで
そんな人達を包む ラブソング
───
──────────────
「────できたっ!」
完成したのは、
提出時刻10分前。
「これ、めっちゃいいって!」
「・・・2人で獲ろうね、
グランプリ」
「おう!」
マンネリとすぎる日々は
終わりを告げ。
今を変えるチャンスを
つかんだ私は。
コツン、とハルトと
グータッチを交わした。
*** ミサキ ***
俺・・・北島ミサキは
ため息をついていた。
「彼女持ちなんだから・・・
元カノの私なんかと話してるの
バレたら怒られるよ」
冷たいイブキの声。
ぷつりと切られたスマホを手に、
うつむく。
(違う・・・
違うんだイブキ・・・
俺が好きなのは・・・)
去年、親の仕事で
大阪に引っ越してきたばかりの時の
ことを思い出す──────。
・*。・ 1年前 ・。*・
「ミサキくん、次の移動教室
一緒に行こ!」
「う、うん」
元気に誘ってくれたのは、
松尾ソノマさん。
俺が大阪に来てから、
何かと親切にしてくれている
クラスメイトだ。
・・・ただ、向こうからしたら
ただのクラスメイトで
ないようだけど。
「ミサキくんって、
彼女いるん?」
「えっ。あ、うん。
東京に・・・」
「東京!?
遠距離恋愛ってことやん!
そんなん無理やって!」
「え?」
「だってそんなん・・・
会うこともできひんのに
つきあったままとか、
迷惑やって。
彼女さんも
自由に恋したいやろし」
「!? そんなこと・・・」
「あるって!
うちも前つきあってた男子が
上京で引っ越してんけど。
うちとつきあったままとか
迷惑やったんか、
バッサリふっていったもん」
「別れといた方がええんちゃう?
つきあってる人がいるって、
ある意味、恋の枷(かせ)にも
なるから・・・」
少しムッと来た。
「俺らはそんなんじゃ・・・」
「それがそうなんやって」
初めは反論していたが、
何度も何度も言われるうちに、
俺は少しずつ
不安になっていた。
(・・・俺とつきあったままの状態は、
イブキにとって
迷惑なんじゃないか)
「そっちどうー?」
「ああうん、
上手くやってるよ」
イブキとの電話でも、
思ってしまう。
(もうイブキには
別に好きな人が
できてるんじゃないか)
(俺と別れた方が、
イブキにとって、
いいんじゃないのか?)
別れは、俺から切り出した。
「・・・ごめん。俺、
こっちで彼女できたから」
「・・・っ!?」
嘘なんてついて。
とにかくその時は、
“イブキのために”
別れなければならないという
気もちでいっぱいだったのだ。
────────────
───
「ミサキ!
どうしたん?」
ソノマの声に
ハッと顔をあげる。
「なんでもないよ」
「もー! うちらの
1年記念日やねんから
しっかりして!」
イブキとの別れの後、
ソノマの勢いに押される形で
俺はソノマと
カレカノの関係になっていた。
ソノマには、まだ
高1から東京に戻ることを
伝えていない。
(イブキに、1番に
伝えたかったから・・・)
伝えたかった理由が
胸にこみ上げ、
あわてて蓋をする。
冷えた、イブキの声。
(俺じゃない、誰かがもう、
イブキの隣にいるのかな)
産まれかけた
嫉妬をおさえこむ。
(・・・いいことじゃないか。
イブキにはイブキの恋があるんだ)
その舞台に、俺はもう
いないだけだ・・・
その隣にいる人を、
俺はすぐ知ることになった。
「・・・! イブキ!?
・・・と、誰だ?」
流れてきたニュースには、
久しぶりに見る彼女がいた。
イブキは、笑顔で
見知らぬ男子と
グータッチを交わしていた。
「SHANONプロデュース、
バンド結成オーディション・・・
最終審査!?」
スマホの中、
満面の笑みのイブキ。
イブキと、この男子が
共に作ったという
曲を聴いてみた。
──────────────
───
トントンと鳴る小太鼓は
心臓の鼓動
別れがあって・・・
でも心は過去に置き去りで
そんな人達を包む ラブソング
───
──────────────
(そっか・・・)
グータッチを
交わしているイブキと、
男子の顔を交互に見る。
(イブキはもう・・・
前に進んでいるのか・・・)
中2の時のいじめが原因で
不登校になったイブキ。
俺しか彼女を
支えられないだなんて
思っていたけど。
(御役、御免か)
(でも・・・
それでも、俺は・・・)
俺は、顔をあげる。
「ミーサキ!
何見てるん?」
俺のスマホをのぞきこんだ
ソノマに向き直る。
「ソノマ、俺・・・─────」
*** ソノマ ***
───「ソノマ、俺、
やっぱりイブキ・・・
東京の元カノのことが
好きなんだ。
だから・・・ごめん」
私、松尾ソノマの
頭の中では、
ミサキの言葉がずっと
ぐるぐると回っていた。
───なんていうのは、嘘。
「なんでかなー・・・」
猛アタックしてつきあった
彼氏に振られた。
「なんでかなー・・・」
なのに、
失恋したのに、
私の胸には
まったく違う顔が
浮かんでいた。
「ただいまー」
暗くてがらんとした家に、
私の声がこだまする。
両親とも
海外で働いている。
月2回も会わない現状に則して、
両親の私への気もちの方も
ずいぶん冷えている。
「ソノマー飯作って
来たから食おー」
去年までひょっこりと
玄関から顔をのぞかせていた
顔は、もういない。
今井ハルト。
去年までつきあっていた、
私の元彼。
料理と歌うことが
趣味だった彼は、
今ボーカルを志して
東京にいる。
「ミサキのみてたニュース・・・
あの写真載ってたのん、
ハルトやったよな・・・?」
「グータッチしてた
相手はイブキちゃん・・・?」
ミサキに以前、元カノの
写真として
見せてもらったことがある。
「・・・あいつからふったんや。
────もう向こうで
彼女の1人くらいできてても
おかしくなんて・・・」
言いながら、
視界がぼやけた。
そして、気がつく。
(私が本当に好きやったんは・・・
ハルトやったんや)
・*。・ 1年前 ・。*・
ハルトはただ、
こう言った。
「遠距離恋愛になっちゃうし・・・
俺ら、別れよう」
(遠距離だから・・・?)
意味がわからなかった。
嫌だ、と言いたかった。
でも。
(上京して・・・
ハルトが本気で
夢に突き進もうとしてる時、
私がおったら、邪魔なんやろか)
ハルトに夢をかなえて
ほしかった。
だから、私の気もちなんて
飲みこんで。
「わかった。そうしよう」
でも・・・やっぱり、
うらやましかった。
「ミサキくんって、
彼女いるん?」
「えっ。あ、うん。
東京に・・・」
「遠距離恋愛になっちゃうし・・・
俺ら、別れよう」
うらやましい。
妬ましい。
私が望んでいた未来を、
ミサキは持っていた。
「東京!?
遠距離恋愛ってことやん!
そんなん無理やって!」
ダメだってわかっていた。
でも、抑えられない。
(ハルトを応援したい)
(なんで別れなあかんの!?
私がおったら・・・
邪魔なん・・・!?)
葛藤が、暴走する。
モヤモヤをうっぷんばらし
するかのように
私はミサキに、悪く言えば・・・
八つ当たりしたのだった。
「別れといた方がええんちゃう?
つきあってる人がいるって、
ある意味恋の枷にもなるから・・・」
ミサキとつきあった本当の理由は、
このむなしさを違う何かで
埋めたかったからだけだったのかも
しれない。
(私・・・
ほんま、自分勝手や)
(でも・・・
何しててもずっと)
(私の心は、ハルトに
うばわれたままや)
私は、そっとスマホを
手にとる。
プルルルルル・・・
「ソノマ? 久しぶり」
「ハルト・・・
私、やっぱあかんわ。
1人やったらあかんかった。
・・・ハルトのことが好きや」
「! ・・・・・」
驚いたような沈黙。
脳裏に浮かぶは
ハルトと笑顔で
グータッチを交わす
イブキちゃん。
(もう・・・今さら、
ハルトは私のことなんか・・・)
うつむいた時、
「俺、今バンド結成オーデ受けててさ。
最終審査で曲作ったんだ。
それ、聞いてよ。
・・・俺の、気もちだから」
──────────────
───
トントンと鳴る小太鼓は
心臓の鼓動
別れがあって・・・
でも心は過去に置き去りで
そんな人達を包む ラブソング
───
──────────────
「私と、同じ、気もち・・・?」
「遠距離かどうかなんて、
関係なかった。
・・・俺も、ソノマが好きです」
*** ユノ ***
「相沢・・・伊吹!?」
私、泉ユノは、
流れて来たニュースに
見覚えのある顔があり、驚く。
「SHANONプロデュースバンド
結成オーデション・・・
グランプリ!?
プロデビュー!?」
横からのぞきこんだダイジも
すっとんきょうな声を上げる。
私はそっと、
教室の後ろの、
持ち主のいない机に
目をやった。
「私って・・・
ダメな人間だよね」
思わず、つぶやく。
「やりすぎたって、
ずっと後悔してる」
「謝って謝って
謝ることくらいしか
私にはできないことも
わかってるけど・・・怖いの」
「相沢さんに、どんな顔して
今さら会いに行けば
いいんだろう・・・」
「でもさ」
ダイジは
私を見つめた。
「自分の弱いところを
知ってるのは
ユノのすごいところでも
あるけど・・・」
「今はもう、その先に
進むときじゃないのか?」
相沢イブキの曲を聞いた。
・。・:・°・。・:・°・。・:・°
トントンと鳴る小太鼓は 心臓の鼓動
別れがあって・・・ でも心は過去に置き去りで
そんな人達を包む ラブソング
・。・:・°・。・:・°・。・:・°
「これさ、
ラブソングなようで・・・
ラブソングじゃないよね」
「誰だって、あるじゃん?
振り返りたくない、
思い出したくない
過去なんて」
「そこで立ち止まって、
動けなくなってる人を、
応援してくれてる気がする」
「進め、って」
「・・・俺、ユノにつきあうよ。
だからさ、相沢さんに
話に行こう」
「謝って謝って謝ろう」
「そうだね」
私たちに、過去を
変える力はない。
でも、1人でもない。
支え合って、進んで。
未来を
作っていこう 。・
*end*
※掲載されている物語はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。