私に甘すぎる隠れオオカミ
作者:りんりん
居候することになった、
ちょー爽やかイケメンは
「あー、もう。
どうなっても
知らないからね?」
「ほんと、
可愛すぎて死にそう」
私に甘すぎる、
隠れオオカミでした。
*―* 1.居候 *―*
「ひなのちゃ~ん」
「ん、なに?」
眠すぎる金曜日。
目玉焼きを焼きながら
私をにこにこと見る母の目は、
やはり私に似ていない。
ふう、と息をはいて
次の言葉を待っていると、
私の耳に入ってきたのは
衝撃的な言葉だった。
「明日からうちに
黒澤さんとこの息子さん
来るから~」
「は?」
十文字ひなの、高2。
持っていた鞄を落とすと、
どすっと鈍い音がした。
「いやだから、
明日から黒澤さんとこの
息子さんが居候することに」
「黒澤さんって?」
「んー、お母さんの友達だけど?
黒澤諒くん」
「は、は?!
ちょっと待って
意味わからないんだけど」
「いやー、急に出張に
なっちゃったらしくて~。
ね、2カ月だけだから!」
平然と言う吉岡さんに、
頭がくらっとした。
「い、いくらなんでも
急すぎない?」
「あーごめんね~、
そこは大目に見てちょうだい」
いや、いやいやいや。
そこは大目に、って。
もう意味が
わからなくなってきた。
「いいよ、別に。
わかった。明日からね。
じゃ、行ってきまーす」
早くこの空間から
抜け出したくて、
開けたドアをすり抜けて
バタンと閉める。
あー、もう。
なんなの、ほんとに。
明日、って。
せっかくの休日が。
どうして、
母のやることはいつも
突拍子のないことなんだろう。
吉岡ゆな。
私の母だ。
母、と言っても
義理なんだけれど。
血のつながっていない、
ただの義理の親。
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
その頃は、何の苦も無く、
ただ幸せに生きていた。
本当に幸せだったんだ。
少し、もったいないと
思うくらいに。
────でも、そんな日々が
永遠に続くことも、
あるわけがなかった。
突然だった。
悲しむ暇もないくらい。
両親が出かけて、
戻ってこなかった日。
『十文字さん、ですか?』
病院からかかってきた
電話の声音が、暗かった。
それから私の暮らしは
一変した。
どこへ行っても、
幸せそうな親子がいた。
どこへ行っても、
心配された。
『大丈夫? 迷子?』
『お母さんは、どこ?』
そう聞かれるのが、
1番辛かった。
両親は、いない。
そう答えたくなかった。
自分で認めたくなかった。
きっと嘘なんだって、
思いたかった。
それと同時に、やっぱり
私は1人なんだなって、思った。
そんな小学5年生の私を
引き取ったのは、
吉岡さんだった。
吉岡さんとその夫は、
娘をなくしていた。
だから、両親をなくした
私の気持ちも
わかってくれると思った。
これからまた、
平穏な日々が始まると思った。
あの時と同じように、
幸せな日が続くんだとばかり、
思っていた。
でも、そういうわけには
いかなかった。
私は、なくなった娘さんの
代わりになれなかったらしい。
別に、辛いわけじゃなかった。
ちゃんと優しく、
接してくれた。
けど、私を見てほしかった。
ひなのちゃんは
あの子とこういうところが
似てるね、とか、
そういえばあの子も
こうだったね、とか。
比べられたくなかった。
私は私なんだから、
似てるも似てないも
関係ないじゃん、って。
私は、私が嫌いじゃないんだから、
このままでいいじゃん、って。
いってやりたかった。
でも、言えなかった。
私を、引き取ってくれたんだ。
これを言ったら、
また1人になってしまうかもって、
思ったんだ。
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
その上、引き取った後に
離婚とか。
もう、ほんと
なんなんだろう。
別に、嫌いとか
そういうんじゃない。
吉岡さんは悪くない。
ただ、私の心が狭いだけ。
それでも、なんだか
イライラして、
唇を噛みしめながら
学校に向かう。
「お、やほーひなの。
今日はいつもより一段と早いねぇ」
朝早いはずの教室から、
何者かの声が聞こえる。
ドアからひょこっと
飛び出した顔は、
いつ見ても小さい。
「あ、おはよ、りりか」
私の親友、りりかは
まだいない私の隣の席に座って
身を乗り出した。
「で、なんでそんなに
早かったのさ?」
早かった、なんて、
私より早いりりかに
言われたくない。
「居候、」
「は?」
ほら、ね。
私と全く同じ反応。
「明日から」
「はぁ?! 居候?!
明日から?!
なにそれ~っ!」
きゃはは、なんて
可愛らしく爆笑するりりかに、
私はマジなんだって、
とため息を吐く。
ほんと、意味わかんないよ。
居候、とか。
黒澤さん、とか。
もう、いやになってくる。
「誰よ、黒澤、なんて奴」
私の小さな独り言は、
ため息と一緒に
教室の空気に
吸い込まれていった。
*―* 2.同い年 *―*
「いらっしゃーいっ!」
ピンポーンとなったチャイムの音に
黒澤君かしら、と小走りで
玄関に向かっていった
吉岡さんを見て、
眉をひそめる。
ついに、来てしまった。
この時が。
そのまま、机に目を伏せて
「うぅ・・・」と、うなる。
これから。
私の平穏な日々が。
う、し、な、わ、れ、る・・・
変な男子に
振り回されて?
付き合おうぜとか
言われて?
あれでしょ?
なんかよく
漫画とかである、
居候からの恋的な?
ああいうの
信じる人だったら・・・
あ、無理だわ。
そういうの
普通に馬鹿馬鹿しいから。
ごめんなさい、
仲良くできません。
絶対に。
「おーい、
ひなのちゃん?
黒澤君。来たよ?」
吉岡さんの声に、
バレないように
小さくため息を吐いて
ゆっくりと重い頭を上げる。
「ん~。よろしく
お願いしまーーえ、あ、」
あ、あ、あ。
そういう系?
え、なんかもうほんとに
もっとチャラい人を
想像してたわ。
なんかごめんなさい。
だって、
そこに立っていたのは
信じられないくらい
爽やかな笑顔を浮かべた
男の人だったから。
少しだけ希望が
見えてきたような気がして、
ほっと安心する。
やっぱ神様って
存在するんだね・・・
「高2、黒澤諒です。
よろしくお願いします」
あ、高2って。
私とおんなじなんだ?
背、たっか。
「ほらほら、
ひなのちゃんもっ」
吉岡さんに急かされて、
私も浅く頭を下げる。
「あーっと
私は十文字ひなの。
同じく高2。よろしく」
「うん。同級生だね」
同級生・・・とは
ちょっと違うと思うけど。
言うなら同い年でしょ。
爽やかなフリして
実はめっちゃ
あほだったりして。
・・・ありえる。
にこっと笑った黒澤君に続いて、
私も笑顔を浮かべる。
多分いびつすぎる
笑顔だっただろうけど、
今はその笑顔が
精いっぱいだった。
吉岡さんといえば、
「早速仲良しね~」
なんて言いながら
黒澤君を部屋に
案内していたけど。
私は吉岡さんと一緒に
去っていく黒澤君の背中を
にらんだ。
なんかあいつ・・・
取り繕ってない?
裏がある。
そんな気がしたから。
後で私は
声を上げることになる。
どうしてかその疑いは、
的中してしまったのだから。
*―* 3.敬語禁止令 *―*
「あ、えっと。
ここが黒澤君の使う部屋で」
ゆっくりと説明しながら、
私はひとつ息を吐いた。
なんで。
なんでこんなことしてるんだろ。
あのあと、吉岡さんが
思いついたように
手をぱちんと叩いて
「あ、そうだ。
せっかくだし、
ひなのちゃんが
案内したら?」
なんて言うもんだから。
無理、無理だって。
こんな猫かぶり
爽やか男の案内なんて。
そんなことを思いながらも
私は受け入れてしまったのである。
「隣に私の部屋があるので
わからないことがあったら──」
そこで私は口を閉じる。
だって、だって。
パシッといい音がして。
黒澤君が私の腕を
掴んだから。
「な、に」
「いや。
同い年なんだからさ。
その敬語、やめない?」
「なんで、」
なんでなんでなんで。
そんなこと。
「だってさ。
一緒に住むんだよ?
なのに敬語って」
そこまで言って
ぷっと吹き出した黒澤君。
「なに?」
「いや、だって。
そんな顔されたら・・・ふふ、」
なんなの、
そんな顔って。
それ女の子にいう
言葉じゃないでしょ。
相変わらず
爆笑する黒澤君に、私は
「わかったから」
と言ってしまった。
だって、それって。
タメ口。
ってわけでしょ?
あ、もう無理だわ。
「あぁ~っ・・・」
私はそのままうなだれる。
今日から私の人生
終わりの合図かな?
あ~。
無理なんだけど。
いやだ。こんなの。
こんなの、こんなの・・・
もう、生き地獄じゃん!
「え、なにどうしたの」
心配そうに私を見る
黒澤君を見ると、
余計に苛立ってくる。
誰のせいだよ。
「お前のせいだよぉ~・・・」
「え、え? ご、ごめん!
なにした?
謝るから・・・」
焦る黒澤君を見るのは
初めてで、
少し意地悪をしたくなる。
「う、うぁぁぁんっ・・・」
泣きじゃくる(ふり)をする
私を見て、
黒澤君があわわとあわてだす。
「え、ご、ごめん! ね?」
「・・・ふふっ、なーんてねっ」
「え?」
「いやー私そんなに
泣き虫じゃないって」
「は、はぁ・・・?」
「ドッキリだって、
ドッキリ!」
「あ、そゆこと」
やっと理解したらしい黒澤君は、
ほっとしたように見える。
怒っているとかでは
なさそうだ。
なんだ、思ったより
優しいじゃん。
とは言っても。
「あ。タメ口とか
マジ無理だから!
タメ口却下!」
さすがにハードルが。ね?
高いから。
「とか言ってタメ口だけど」
「あ、今のはその、
口が滑った、だけだし!」
あ、
「・・・です」
しまったと思って
敬語に直したけど、
それがわからないはずもなく。
「やっば。
こんな面白い子に会ったの
初めてかも・・・」
笑いを通り越して
引いている黒澤君に怒鳴ったのは、
言うまでもない。
*―* 4.不器用すぎる恋の始まり *―*
お風呂に入って、
よろりとふらつきながら
部屋のドアノブに
手を伸ばした。
なんだか今日は・・・
いろんなことがあったな・・・
とはいえ、
なんだかんだ
いい奴だったし。
・・・黒澤諒。
カチャッと音をたてて
ドアを開ける。
黒澤諒・・・
いい、奴・・・?
いや、いやいやいや!
だだっとベットまで走って、
勢い良くダイブする。
やっぱり、認めたくない。
あいつだよ?
あの!
猫かぶりの!
あ・い・つ。
だよ?!
まさか、まさかね。
顔がよくて?
その上、性格までいい
神みたいな人存在するかよ。
「はぁ~っ・・・」
ほんと、ほんとに、
わかんない。
わかんないよ・・・
コンコンっと
ノックの音が聞こえてきて、
ゆっくりと顔を上げる。
「どーぞ・・・」
「俺だけど」
「え、黒澤君っ?!」
あわてて座りなおして、
ブラシを手にとる。
「ちょっと待って!
髪とかす!!」
適当に髪をとかしながら
叫んだけど、
黒澤君には
届かなかったらしい。
「そんなこと、
気にしてたらキリないじゃん」
そんな言葉と一緒に、
ガチャっと
扉の開く音がした。
「ちょっと!
待ってって
言ったじゃん!」
「逆にさ、
一緒に住んでる人に会うたびに
髪とかす人いる?」
「ここにいる!!」
「そんなことは
どうでもいいんだけど」
「そうだよ!
なんで来たの!」
「あーそうそう。
ドライヤーってどこ?」
「あ、え、ドライヤー?
脱衣所のほうにあると思うけど。
あ、持ってくるね」
「俺もいく」
「あ、うん。
家のこととか
早く覚えたほうがいいもんね」
「や、そうじゃなくて」
「え?」
「いや、なんもない」
そう言った黒澤君の頬が、
ほんの少しだけ。
赤く染まってたのは、
気のせいだと願う。
だって、
こんなのから始まる恋なんて、
絶対、
・・・まあ、いっか。
この時の私は。
いつの間にか黒澤君に
甘くなっていたことを、
予想以上に黒澤君を
信用していたことを。
不器用すぎる
恋の始まりだと知らない。
*―* 5.大ピンチ発生です *―*
まぶしすぎる太陽の光が
カーテンをすり抜けて
部屋に差し込んでくる。
「う~・・・あ、さ・・・」
いま、何時だろ・・・
力の入らない手で
スマホを握って
カチッと電源を入れる。
「・・・はぁっ?!」
どこからか
情けない声が出る。
だってスマホに
記されていたのは、
『7:46』
「や、やばいっ・・・!」
学校!!
遅刻じゃん!!!
高速で階段を下りて
制服に着替える。
今日は、吉岡さんは
早く仕事に
行かなければいけなくなった、
とか言っていたから
当然いなくて。
黒澤君は、
もう学校行ったかな・・・?
あれ、ちょっと待って
黒澤君って
どこに住んでたんだろ。
高校はどこ?
ほんとに
遠いとこだったら
編入とか?
いや、でも
黒澤君の親とかも
編入してまで
うちに息子預ける?
ま、いいや。
とにかく
早くいかないとっ!
「行ってきマンモスっ!」
誰もいないはずの家に
謎の挨拶を残して
ダッシュで玄関へ向かう。
と、その時。
「どこ行くの?」
「へっ?!」
声が響く。
しかも、
昨日聞いたばかりの。
「く、黒澤君っ?!
え、学校は?!」
なにしてんの、
こんなところで!!
完全に遅刻じゃん!!
「今日、日曜日だよ?」
平然と返された言葉に、
あっけからんとする。
「・・・、
あ、え、・・・へ?」
に・ち・よ・う・び。
え?
あわててポケットに
突っ込んだスマホを
再び取り出す。
『2月17日(日)』
「あ・・・・・・
なにこれ嘘でしょ、
ただの馬鹿じゃん!!」
呆然とする私とは対象的に、
黒澤君はくすくすと
笑っている。
「・・・最悪なんだけど」
言ってから
横目で黒澤君を睨む。
「お腹すいた」
なんでこの人はこう、
私をイラつかせるかなぁ。
「最悪なんだけどっ!!」
ほんと、
意味わかんない。
こんなことってある?
「朝ごはん作ろ」
いや、だから。
聞いてる?
「構ってよぉ・・・
こういう時って
男はなぐさめるんだよ」
弱気に言って
床に座り込んだ時。
ぴくり、
黒澤君が動いた気がした。
「ふうん」
意味深な顔をして。
「じゃ、ひなのは俺のこと、
男として見てるんだ?」
「え、なんでそうなるの?!」
「そうなるでしょ」
そう言って黒澤君は
私の前にしゃがみ込む。
「なぐさめてあげる、ひなの」
「ひ、ひ、ひなっ・・・?!」
なまえっ・・・!
よ、呼び捨て?!
「ん、なーに?」
ぽん、と
頭に乗せられた手は、
驚くほどに温かくて。
「黒澤君の、ばか・・・」
とく、とく。
鼓動がいつもより
早くなって。
ふ、と微笑んだ黒澤君は、
ちょっと、
ほんの少しだけ、
いつもより綺麗に見えた。
「なんで・・・」
「え?」
「なんでそんなに、優しいの?」
「ひなのが泣いたら
なぐさめなきゃいけないから」
「なに悪口?!」
「うん」
「はぁぁっ?!」
むかつ・・・かないよ、全然。
なに考えてんの私。
いやあ、私って優しいなぁ。
心が広いなぁ・・・って
やっぱりむかつくわ!
「今日夜ご飯
作ってあげないからね」
「えっ、ごめんて!」
こんな奴が
私の料理食べる権利ないわ。
うん。うん・・・
う、ん・・・
「や、やっぱり・・・
つくって、あげようか、なぁ・・・」
今日は、ね。
セーフってことにして。
「ていうか、ひなの
料理作れるんだ」
「ふふん。
そうなんすよぉ。
私ってばデキる女すぎ!」
「・・・・・・」
えっ、引いた?
引かれた?
「じょ、冗談だって、
本気で──」
本気で受けとらないでよ。
そう言おうとしたとき。
「うん」
「・・・えっ?」
「お嫁さんにしたいわ」
「はぁっ?!」
なに言ってんの、こいつ。
「ば、馬鹿じゃないの?」
「馬鹿も何も
ほんとに思ったし」
本気で受けとるなって
言ったじゃん!!
「な、なに? いきなり」
「ほんとに思った」
「なにが?」
「好き」
「・・・へ?」
「好きだよ、ひなの」
「ん?」
え、なんて?
聞き間違いだ。
それ以外考えられない。
「もっかい言う?」
「よろ」
「ひなのが好きだ」
「・・・っ!
はぁぁっ?!!」
「ひなのの
馬鹿みたいに正直なところも、
なんか変なところも・・・」
「ほんと、可愛すぎて
死にそう」
「ちょっと待って・・・
いや。結構待って」
こんなのおかしい。
おかしすぎる。
どう考えてもおかしい。
「ちょっと、ごめん・・・
冷蔵庫の中なら
散らかしていいから。
じゃ・・・」
そう言って私は、
さっき高速で下りた階段を
再び高速で上った。
わかんない。
わかんない。
わかんない。
意味が全くわかんない。
だってそんなの、そんなの・・・
こんなのってありえる?
ありえない。
ありえないはず。
ありえないはずだった。
さっきまでは。
大ピンチだ。
大ピンチでしかない。
どうすれば。
私はどうすれば。
だって私は、好きじゃない。
黒澤君も、そんな恋も、
なんにも好きじゃない。
それでも、
思い出してしまうのだ。
『好きだよ、ひなの』
ふわりと風が舞うような、
優しすぎる声を。
私の名前を呼ぶ、
低くて少し甘い声を。
『ひなのが好きだ』
『ひなの』
『ひなのが』
「ぅ・・・!」
くらり、
めまいがした。
かちゃりとドアを開けて
部屋の中に入る。
そのまま、
ベットに倒れこんだ。
いつかのあの時のように。
あの日のように。
あの日は、まだ
黒澤君が嫌いで・・・
あのあと、
黒澤君が来て・・・
ドライヤーの場所を
教えてあげて・・・
『あ、うん。
家のこととか早く
覚えたほうがいいもんね』
『や、そうじゃなくて』
もしかしたら、
あのときも
私と一緒にいたかった、
から・・・?
「うぁあ~・・・っ!」
思い出すな、忘れろ!
そんなんじゃない!
ちがう、ちがう、ちがう!!
黒澤君だって
そんな深い意味で
言ったわけじゃないかもだし。
・・・そうだ。
そういうことだ。
家族として好き、
かもしれないし。
友達として好き、
かもしれないし。
うん。
そんなに深く
考えることじゃないよね。
うん。
うん。
深く考えないほうが、
絶対、絶対・・・
そう考えた時、
私は静かに眠りに落ちた。
*―* 6.好きなタイプは? *―*
「でさあ、その黒澤君が」
月曜日の朝早く。
いつも通り、
りりかが隣にいる。
私は大変だったっていうのに。
「えー、ガチだったんだ、
そのイソウロウ的なやつぅ」
なんてのんきに
言うから。
ガチって
言ったじゃん。
こっちの身にも
なってほしい。
「それで?
告白でもされた?
──え、マジ?」
冗談で言ったつもりなのか、
私の反応を見て
驚いているりりか。
なんでそう、
当ててくるかなあ。
「はぁ・・・」
「おー、悩んでるねぇ」
悩んでますけど。
ごめんなさい。
私、黒澤君のこと
恋愛対象として
見たことないから。
心の中で何度も練習するけど、
言える気がしない。
「ひとつ、先輩から
アドバイスするとしたらぁ・・・」
りりかが
ペンをまわしながら
考え込む。
確かにりりかは
彼氏がいるから
先輩っちゃ先輩だけど
たまに抜けてるところがあるから
信用はできない。
「あ、そうだ。
ひなの、好きなタイプは?」
「え、好きなタイプ?
・・・・・・爽やか、イケメン?」
「おー、ひなの
ノってきたね!
私にはわかったわ」
「え、なにが?」
「んー、それは
私の口から言うことできないし。
ところでぇ・・・
黒澤諒ってなんか
聞いたことあるなぁ?」
何かを伝えようとしているのか、
にぎわってきた教室に
目を走らせている。
「え、なに? なんなの?」
「ほ、ほら、黒澤諒って、
なーんか・・・ね?」
「わかんないって。なに?」
「あー、もう!
あーそーこ!!」
バシッとさした
りりかの指先のほうを見ると。
「っは?」
「ね?」
「はぁ?!」
は、は、は?
え、いや。はぁ?!
どういうこと?
そんな。
そんなの。
あまりの出来事に
開いた口がふさがらない。
だって、その先にいたのは。
「黒澤、諒」
え、え、え。
なぜ。
いつの間に?
編入生来たとか
聞いてないよ、私。
え、なぜ。
「なぜ」
「やっぱり。
うちのクラスの
黒澤諒君だったかー、
その居候のイケメン」
「え、なんで?
いつの間に?
いつ、ここに来た?
ていうか、よりにもよって
同じクラスとか
終わってるんだけど。
あの猫かぶり野郎・・・」
「まあまあ、
猫かぶり野郎なんて
言わないで~。
私的にはクラスメイトの
存在を知らないひなのが
悪いと思うけどね~っ」
「はぁ?
クラスメイト?
ちゃんと覚えてるけど。
まずりりかでしょ。
内田くんでしょ。
あと生徒会の・・・星乃さん!
あとあの子! ほら、
ケータイ小説書いてる・・・
あ、あそこにいる!!
えーっと・・・」
「伊藤沙音ちゃん?」
「あーそう!
その子!
可愛いよなぁ!」
「うん、まあ沙音ちゃんは
可愛いけれども。
全然覚えてないじゃん。
で。黒澤君は」
「黒澤君は?」
「はぁ~。
高1からずっと
同級生だよ?」
「・・・うぇ?!
なんで?」
「いや、なんでって言われても。
まあひなのはクラスメイトの
半分さえも覚えてないから
知らなかったのも納得いくけど」
「ほ、ほえ~。なるほど?」
「なるほどじゃないよ、
ピンチだよ!」
「えー・・・なんで?」
なにが。
ピンチ。
なの。
「あったりまえじゃん!
告白されたその張本人が
いるんだよ?
すぐ会える距離に!」
「ん、だからなに?
あ、返事ねだられるってこと?」
「うーん、黒澤君が
そんなことするかは
わからないけど・・・」
「けど?」
「きまずい」
「へ?」
思わず、そんな声が出た。
「きまずいじゃん。
普通に。きまず・・・」
「そお?」
あんまし、わかんない。
そりゃ、告白なんて
人生初だし。
戸惑ってるは
戸惑ってるけどさ。
「へえぇ・・・よし!
ひなの、頑張れ!」
「え、なに? なにが?」
きょとんとする私を残して、
りりかは去っていった。
*―* 7.喧嘩 *―*
学校から帰って
パタンと玄関のドアを閉める。
そして、固まった。
ついこの前まで
あるはずがなかった、
私より一回り大きい靴。
いる。
黒澤君。
どうしよう。
なんかめっちゃ
緊張してきたんだけど。
どく、どく、と
一定のリズムでなる
心臓を抑えて、
きゅ、と目を閉じたとき。
「お帰りー。ひなの」
「ふぁっ?!」
情けない声を出してしまって、
あわてて口を抑える。
黒澤君。
「た、た、ただ、い、ま・・・」
そうだ。
制服だって、一緒だ。
なんで私は、今の今まで
気づかなかったんだろう。
というか。
いつも通りだ。
おかえり、って。
お、か、え、り、って。
「く、黒澤君。
あの、昨日の、」
告白のことだけど。
言おうとして、やめた。
なんでかは、わからない。
言わない方が、
いい気がした。
「あー。そういえば」
かぶせるように、
黒澤君が言う。
「優奈さんってどんな人?」
「ゆな?」
ああ。
吉岡さん。
「別に。知らない。
なんか、よくわかんないし」
「え? でも、優奈さんって、
お母さんなんじゃ──」
お母さん。
お母さん。
・・・お母さん?
「別に。違うってば」
「でも──」
「ちがうっ」
ぎゅ、っと
手を握りしめて。
「私の、お母さんは・・・っ!」
知っているはずだ。
だって、
苗字が違うから。
私たちが
本当の親子じゃないことだって。
私が、吉岡さんのことを
好いてないことだって。
知っているでしょう?
「なに?」
ポツリ。
呟いた声は、
情けないくらい
震えていた。
「私が、可哀想だって?
それで、あの人のことを知って、
何か力になろうとでも思った?
自分が幸せだからって、
私を見下そうとか、
考えてたわけ?」
「言っておくけど。
・・・私、別に助けなんて
いらないからっ」
「ひなの、」
「やめてっ!
その呼び方も、その性格も、
ぜんっぶ、むかつくっ!」
ばしっ、と。
何の生きがいもなく、
隣にただ立っているだけの
机を叩いて。
言葉にならないような
感情を抱えて。
くるり、
後ろを向いた。
いつも素早く通り抜ける
玄関の扉を、
小さな涙と共に押した。
私のいる必要のない
この家を離れた。
来たはずの道をまた戻って、
ただただ走った。
どこに行くかなんて
わからなかった。
どこに行ってもよかった。
私が居てもいい場所なんて
もうどこにも無くなって
しまったけど、
1番居てはいけない場所を
離れたんだから、
もういいや、って思った。
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
『十文字さん、ですか?』
行き先もなく
ただ歩いていたとき、
ふと昔の光景が頭を横切って、
堪えていた涙が
溢れてしまいそうになった。
『大丈夫? 迷子?』
『お母さんは、どこ?』
一度止めた足を
無理やり動かして、
無意識に空を見上げた。
黒澤君は今、
何をしているだろう。
いきなり出ていったから、
心配しているかもしれない。
吉岡さんは?
吉岡さんは、
どうしているだろうか。
急にいなくなった
私のことを、
心配してくれているだろうか。
心配してくれてるんなら、
それはそれでいっか、
なんて考えて、
制服のポケットに
手を伸ばす。
「あ」
スマホ、
鞄の中だった。
「・・・さむ」
自分が今
制服だけだったことに
気づいて、
ぶるっと身震いしたとき。
「・・・じゃあ。帰るぞ」
声がした。
少しぶっきらぼうな声が、
夕方の道に響いた。
*―* 8.この気持ちの名前は *―*
「・・・じゃあ。帰るぞ」
この声を、
私は知っている。
低くて、でも少し
甘く感じるこの声を、
私は知っている。
「くろさわ、くん・・・」
振り向いた先には、
やっぱり黒澤君がいて。
「どこ居たんだよ
馬鹿」
馬鹿、って。
言われたのに、
なぜか嬉しい自分がいる。
だって、あの黒澤君が。
あの黒澤君も、
馬鹿っていうんだなあ、って。
心配して、
探してくれたんだなあ、って。
あえて何も聞かずに、
私の手を握って。
ゆっくりと、足を動かす
黒澤君とは反対に、
私の足は動こうとしない。
まるで濡れた服を
着ているみたいに、
体が重たい。
「・・・わたし、」
ぴく、っと。
黒澤君が動いて、
ゆっくり振り向いた。
「わたし、
どうしよう・・・っ」
知らないうちに震えていた手を
ぎゅっと握って、
目を足元に移す。
そんな私を、黒澤君は
壊れ物を扱うように、
でも強く、
そっと抱きしめた。
黒澤君の体温は、
冷えていた私の体を
温めるように、
折れた心を慰めるように、
暖かくて。
視界がぼやけて
見えたのは、
きっと気のせいだ。
「・・・聞いてもいい?」
ゆっくり、
黒澤君が口を開く。
「え?」
「ひなのの、こと」
「・・・っ」
私は一瞬、息を飲んで。
「──うん」
小さく、頷いた。
*―* 9.それぞれの気持ち *―*
すべてを話し終わったころには、
辺りは暗くなっていて。
黒澤君とふたりで、
家に帰った。
玄関の前で
立ち止まる私を見て、
黒澤君はそっと
頭を撫でてくれた。
もうこれ以上は
ないんじゃないかって
思うような勇気を出して、
ぎゅっとドアノブを握る。
そのまま、前に押した。
がちゃり、音がして。
「ひなのちゃんっ?!」
吉岡さんの声が聞こえて、
びくりと反応してしまう。
・・・大丈夫。
深呼吸をして、
一歩足を踏み入れる。
「・・・ただいま」
私の声を聞いて、
吉岡さんが
私に抱きついてくる。
「ごめんね。ごめんね・・・
私、なんにも
わかってなかったよね」
ああ、そっか。
この人はちゃんと、
私のことを
愛してくれていた。
ちゃんと、
心配してくれていた。
「私・・・私ね、
なんにも愛されてないと
思ってた」
「そんなこと、」
「うん。
そんなこと、なかったのに。
ちゃんと、愛されてたのに」
幸せだった。
名前を呼ばれるだけで。
朝、起きたら
部屋が明るくて、
朝ごはんがあって。
こんな幸せ、
それ以上にないのに。
前の幸せと比較して、
相手を責めて、
でもそんなの、無意味だった。
でももう、そんな勘違いは
しなくていい。
私はもう、
ひとりじゃないから。
今日、今この時間、
分かり合えた私のお母さんに、
笑顔を向けた。
*―* 10.好 き *―*
「行ってきまーす!」
この間までひとりで
抜けた玄関の扉を、
今日は3人で抜ける。
お見送りをしてくれるお母さんと、
今日から一緒に登校する黒澤君。
お母さんに
笑顔で手を振って、
黒澤君の方を向く。
「・・・ねえ」
ん?
と私を見つめる目は
やっぱり綺麗で、
見惚れてしまう。
「あの、ね」
「うん」
この先の言葉を
言おうか迷った末、
ぎゅっと手を握る。
「わた、し、」
「うん」
「黒澤君のことが、」
「うん」
「好き・・・っ」
ずっと
目を背けてきた。
絶対に、ないと思った。
この人を、
好きになるなんて。
嫌だったんだ。
もうこれ以上、
大切な人を失うのは。
でももう、
この気持ちに
嘘はつけない。
私はどうしようもなく、
この人が好きなんだと。
もう、
わかってしまったから。
どんな反応をされるだろう。
思い切って上を見ると、
そこにいたのは、
頬を赤らめて、嬉しそうに
口元を抑える黒澤君だった。
「あー、もう。
どうなっても
知らないからね?」
「・・・えっ」
突然吐かれた言葉に、
ドキッと胸が高鳴る。
「・・・ふっ。かわい」
かあぁ、っと
顔が熱くなって、
あわてて両手で隠す。
「ひなの」
低くて、でも甘くて。
私の大好きな声。
「な、なに?」
「俺と、付き合って」
その一言で、
これまでにないくらい
幸せになれた。
私はきっと、
世界一の幸せ者だ。
その幸せを、
無駄にしないように。
「はい・・・っ」
そう言ったら、
黒澤君も嬉しそうに笑った。
「ねえ、ひなの」
「ん?」
「抱きしめてもいい?」
「・・・えっ?」
「ふっ、嘘。
さすがにこんなとこではしない」
「むぅー」
そんなところも
好きだけど。
「・・・可愛い」
「・・・っ!」
居候することになった
爽やかイケメンは、
私だけに甘すぎる、
隠れオオカミでした。
*end*
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