
今、若者を中心に大人気!ラジオ番組『マユリカのうなげろりん!!』でも注目を集めるお笑い芸人・マユリカさんがニコラネットに初登場!『映画クレヨンしんちゃん 奇々怪々!オラの妖怪バケ~ション』でゲスト声優を務めたマユリカの阪本さん&中谷さんに、映画の見どころを独占インタビュー♡さらに、3歳からの幼なじみである2人の学生時代の思い出や、中学生の頃の夢、ニコラ読者へのメッセージまで、ここでしか聞けないトークをたっぷりお届け♪

[左から]阪本さん、中谷さん/マユリカ
『映画クレヨンしんちゃん 奇々怪々!オラの妖怪バケ〜ション』への出演オファーを聞いたときは、どんなお気持ちでしたか?
中谷「国民的アニメなので、最初はあまり実感が湧きませんでした。実際に自分の声が映画で流れているのを観るまでは、ずっとふわふわした気持ちでしたね」
阪本「まったく想像していなかったので、ただただびっくりしました。『えぇ?』という感じでした(笑)。」
ーーマユリカの漫才の出囃子(でばやし:舞台へ上がる際に流れる音楽)は、『クレヨンしんちゃん』のテレビアニメのエンディングテーマ曲だった「スキスキ♡マイガール」。子どもの頃から親しんできた作品への出演が決まり、2人とも大きな喜びを感じたそう♪
特にお気に入りのシーンを教えてください!
中谷「野球のシーンですね。やこちゃんが球とって投げるとこがアクションアニメさながらのものすごい作画のところがあって。そこがかっこよくて好きです」
ーー妖怪カレイと妖怪イカが所属する野球チーム「江戸前スッシーズ」と野原家の野球対決は、本作の見どころの1つ!妖怪と人間が交流を深めていくシーンは、笑いあり感動ありの物語をさらに盛り上げる大切なエッセンスになっているよ☆

映画では、しんちゃんたちの夏休みが描かれています。2人が今でも忘れられない、子どもの頃の夏休みの思い出はありますか?
中谷「子どもの頃はずっと水泳を習っていて、夏休みによく家族でプールへ行っていました。小学校3、4年生くらいの頃、おばあちゃんが囚人服みたいなしましまの水着を着ていたのが印象的です。おばあちゃんが作ってきてくれたおにぎりをプールサイドで家族と食べたことも思い出です」
阪本「中学生の頃、友だち2人とぼくで淡路島を自転車で1周したことがありました。1泊2日で公園で寝たりしながら。ただ、それをしたわりにはほんまに何の記憶もない……。」
中谷「(笑)。いろいろありそうやけどな、珍道中みたいな」
阪本「割に合ってないくらい覚えてない。自転車も自分のチャリやったか、レンタルやったか、それすらも覚えてない」
中谷「何にも覚えてへんやん(笑)!」
中学生の頃、将来の夢はありましたか?その夢に向かって頑張っていたことがあれば教えてください!
中谷「中学校2年生の頃に漫画家になりたくて、『少年サンデー』に漫画を投稿していました。やりたいことがあったので、それに向かって一生懸命取り組んでいました。でも、今はこうして別の仕事をしているわけですから、本当に人生は何がどうなるかわからないなと思います。だからこそ、今やりたいことがあるなら、ぜひ一生懸命がんばってほしいです」
ーー当時応募した漫画で賞も受賞されていましたよね。夢を追いかけていた14歳の頃は、どんな気持ちで過ごされていたのでしょうか?
中谷「勉強できひんのがめっちゃコンプレックスやったけど、それはなくなりました。『おれにはこれがある!』って思えたので。打ち込める何かがあるのは、本当にステキなことやと思います」
阪本「ぼくは中学の頃は、夢もなかったし、勉強もしなかったし、何の努力もしていなかったです」
中谷「励みにならんやろ、それは(笑)。」
阪本「鬼ごっこして、花火して、遊んでしかいなかったです。だから……(答えるのが)むずいですね」
中谷「『むずいですね』って正直に書かれへんやろ(笑)。」
阪本「夢ある人の方が少数派やから焦らんでいいよ」
ーーちなみに、お笑い芸人を目指し始めたのはいつ頃だったのでしょうか?
阪本「高校終わりかけぐらいから意識し始めて、大学2回生のときに芸人になりました。夢ができてからは、何かワクワクしていましたね。地元を離れて大阪に出て、初めて一人暮らしをして、NSC(吉本総合芸能学院)に入って。同じ境遇の同期と遊ぶことも楽しかったです」
ーー夢がなくても焦らなくて大丈夫。自分のやりたいことが見つかるタイミングは人それぞれ!


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